プチ小説「友人の下宿で3」
「みなさん、今日はお忙しい中お集りいただきありがとうございます。
只今から高月さんがぼくたちにクラシック音楽の講義をして下さいます」
「おいおい、安城、おれは大事な話があると言ったからやって来たのに...」
「ぼくは、たまにはこういう音楽もいいかなあと思って、百田も呼んだのさ。
高月さんの解説付きだし」
「俺たちは安城から、高月さんが自分の愛聴盤を持参して、クラシック音楽の
話をすると言うんで楽しみにして来たんだよ」
「野山や名取も聞くと言うのなら、おれも聞くよ」
「それじゃー、始めようか。今日は、僕の大好きな作曲家シューベルトの曲を聞いて
もらおうと思っている。シューベルトは、未完成交響曲やますの五重奏曲で有名だが、
今日は別の曲を聞いてもらおうと思う。シューベルトは「歌曲の王」と言われ、すば
らしいリート、ドイツ語で歌のことだが、を残している。今から聞いてもらうのは、
メゾソプラノ独唱で、「楽に寄す」「水の上で歌う」「アヴェ・マリア」「ます」
「糸を紡ぐグレートヒェン」「春の想い」などを聞いてもらおうと思う」
「どうだったかな、意外とすんなりと受け入れられたのではないかと思う。それは
ルートヴィヒが情感豊かに歌っているというのもあるが、シューベルトの歌そのものが
ぼくたちの琴線に触れる旋律を多く含んでいるからだと思う。モーツァルトは35才、
ショパンは39才でその生涯を閉じたが、シューベルトは31才だ。その極めて短い
生涯においてたくさんの名曲を残しているのは驚嘆に値する。でも僕は細く長く生きて、
たくさんのいい音楽を聴きたいけどね。次は、弦楽五重奏曲。シューベルトには遺作と
言われる曲が3曲あって、この曲の他にD.960のピアノ・ソナタと歌曲集「白鳥の歌」
がある。いずれも天才がこの世から旅立つ前に残した、美しいがとても痛切な感じのする
曲なんだ。シューベルトの曲は美しいがなぜかとても寂しい気持ちにさせるところがあるので、
ひたすら美しいモーツァルトや雄渾なベートーヴェンの音楽を愛する人には少し物足りない
かもしれない。でも、僕はシューベルトの音楽を聞いていると、やさしさ、もの悲しさ、
あわれみの気持ちなどが心の中で喚起される。このことは人として大切にして行かなければ
ならないのではと思うので、もっと多くの人がシューベルトを聞いてほしいと思う」
「おい百田、どうしたんだ。滝のように涙を流して」
「ううーっ。.....。いやー、クラシック音楽ってほんとにいいなあ。高月さん、今度はいつ
するんですか」