プチ小説「青春の光19」

「橋本さん、あなたの友人が出版された本の売れ行きはどうですか」
「どうも苦戦しているらしい。なんとかしてやりたいと思うんだが...」
「確か、船場弘章著「こんにちは、ディケンズ先生」(近代文藝社刊)でしたよね。
 このあたりの本屋さんのいくつかをのぞいてみたのですが、そういう本は置いてなかったですね」
「残念だが、そうなんだ。なにせ彼は無名の新人だから、地道な努力を重ねて行くしかないだろう。
 インターネットのブックサービスで少しは売れているようだし、彼が本を寄贈した図書館のいくつかは
 ホームページに掲載してくださっているようだ。この調子で行くと10年くらいしたら、爆発的に
 売れ出すかもしれない」
「そんなー、3年たって売れなかったら廃刊になるはずですし、50そこそこだから、あのような脇の甘い
 恋愛小説も大目に見てもらえますが、60才を過ぎたらそんなすきだらけの小説は許してもらえないでしょう。
 もっと、お尻に火がついたように、両腕をぐるぐる回しながら、「ぼくの小説、買ってーっ」と売り込まなければ...」
「そうなのか。でも、彼は恥ずかしがり屋だから、なりふり構わず、活発なことをするというのはできないようだ。
 そこでだ...」
「どうしたんですか。いきなり僕の肩を叩いたりして」
「君の力が必要なんだ」
「......」
「とっても必要なんだ、田中君」
「ど、どういうことですか。ま、まさか、両腕をぐるぐる回しながら...」
「そこまでは頼まないが、少しは目立つことをしないと。そうだなー、ぼくがこの前に作った宣伝用の提灯を持って、
 梅田の紀伊国屋書店前のテレビの前や堂島地下街で「これ買ってーっ」と叫んでくれというのは駄目だろうか」
「それだと多分すぐに警察の方がやって来られるでしょう」
「うーん、駄目か。なにかいい方法はないかな」
「そうですね、こういうのはどうでしょう。大きな声を出すのがまずいんだったら、声を出さないようにして、
 人を集めるというのは」
「......」

「確かに君が言う通り、片腕で連続50回腕立て伏せをするとたくさんの人が集まって来たが、肝心の
 提灯に視線が行かないじゃないか」
「まあ、腕立て伏せを見るのに飽きたら、自然と提灯に目が行くでしょうからもう少しの我慢です」
「あとどのくらい」
「さあ、2、300回というところでしょうか」
「船場君のためだから、頑張るよ」
「そうこなくちゃ」