プチ小説「こんちにちは、ディケンズ先生183」
相川がしばらく黙ったままなので、今度は大川が促した。
「次は相川さんが自作の小説を語って下さるのですね」
「ええ、それは何とかできると思うのですが...」
「どうされたのですか」
「どうも先程から視線が定まらないのです。今までにも何度かこういうことがあったのですが、すぐに回復しました。
でも今日は...。やはり駄目ですね」
「まあこう言うときは、お医者さんに診ていただくのがいいでしょう。この近くの公立病院なら救急で診てもらえるん
じゃないかな」
「アユミは家に帰って。ぼくはご一緒させていただきますから」
「相川さんがよろしければ、ここを出ましょうか」
「お願いします」
「血液検査やレントゲン検査で異常がなかったけれど血圧が少し高いと言われ、降圧剤をもらって帰宅ということになったけど...」
「緊急性がなければ、お休みの日にCT、MRI、心電図などの検査をしてもらうのは難しいでしょうね。お医者さんの指示通り、
休み明けにもう一度一般診察を受けて、必要な検査をしてもらえばよいと思います。でも、相川さん、大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫ですよ。でも家族の為に健康に留意して来たつもりなんですが、50代半ばになるとそれまでのようには
身体が動いてくれないですね。ぼくは、そんな心配を40代になってすぐにし始めました。身体を動かしていないと、50代半ば
になると言うことを聞かなくなると思ったんです。それで山登りを始めたのですが、小川さんとおつき合いを始めてから
また読書や物書きに費やす時間が多くなって来た。おっと、人のせいにしてはいけませんね」
「ぼくは筋トレを毎日3時間やっているので健康の心配はないのですが、小川さんは運動をほとんどせずに不健康な生活を
続けておられるのでとても心配です」
「仰る通りです。平日は深夜に至るまで残業かおつきあい、休日は自宅でゴロゴロしていて、たまに机に向かって仕事を
したり文章を書いたりしている。そのせいか体重がここ1年で5キロも増えてしまいました」
「最近はクラリネットも習っておられるし、のんびりする時間がほとんどないんじゃないですか」
「そうですね、気を付けないといけないですね」
「ところで私としては自作小説を読み終えて、すっきりして次回の講義をさせていただきたいのですが、いかがでしょうか」
「ぼくたちはかまいませんが、お身体は大丈夫ですか」
「まあ、なんとかなるでしょう」
「やはり次回にした方がいいと思います。ディケンズもせき立てられるように自作の朗読会をイギリス国内やアメリカで開催
したために病気を悪化させました。お薬が処方されたということは黄信号が灯っていると思って、早く家に帰って横に
なるべきだと思います」
「そうですね、まあここは小川さんの指示に従うことにしましょう」
その夜、小川が眠りにつくと夢の中にピクウィック氏が現れた。
「やあ、久しぶりですね。ところでディケンズ先生がご多忙のため、あなたが現れたのですか」
「いいえ、そうではありません」
「では、体調を崩されたとか」
「いいえ」
「じゃあ、なぜ...」
「あなたがいつまでたっても、「ドンビー父子」を読もうとされないので、読み始めるまでは出て来ないと言われています」
「......」