プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生186」

相川、大川、アユミと会って10日程して、小川は相川からの手紙を受け取った。
<相川さん、その後どうしているのかな。電話くらいするべきだったかな。まあ、手紙を読めば
 そのあたりのことがわかるだろう>

 小川弘士様
 先日は、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。翌日、近くの病院で必要な検査をしてもらった
 ところ、特に問題ないが降圧剤は飲み続けて下さいと言われました。整形外科も受診したところ、
 筋力が落ちると腰痛などが出るので適度な運動は必要と言われました。大川さんのように毎日3時間も
 筋トレをするわけに行かないので2ヶ月に1度くらい高尾山や東京からそう遠くない山に登ってみようかと
 思っているのですが、小川さんもいかがでしょうか。時間のことなら、心配されなくていいですよ。
 今まで、やっていた講義を手紙のやり取りで済まし、それについての感想や近況報告を山登りをしながら
 語り合うのです。大川さんにもこの話をしていますので、ご夫妻で参加されるかもしれません。小川さんも
 できれば奥さんをお連れ下さい。と言っても山登りに興味がないと言われるのなら、それまでですが。
 前回の講義でお話ができなかった、小説を同封します。では、小川さんもお身体にお気を付けて。

                                 相川隆司

『石山は課長から、50メートルダッシュを10本か500メートルダッシュを1本かどちらかを毎日するように
 言われたが、自宅のすぐ横に一級河川が流れていて堤防が延々と続いていたので迷わず500メートルダッシュ
 1本の方を選択した。「でも、500メートル行って帰って来るのに何もしないのはもったいなあ。なにかこう
 ためになることをしたいなあ。近くに家がないから大声を出すのがいいかもしれない。山に登って、ヤッホーと
 言えばすっきりするように大声を出すのは精神衛生の為にいいはずなんだ。でも、ヤッホーだけなら5秒で終わって
 しまう。ぼくは1キロを大体18分で歩くから、そうだ、だいたい演奏時間が3分かかるモーツァルトのオペラ
 「魔笛」の中で歌われる夜の女王のアリア「復讐の心は地獄のように胸に燃え」を3回歌えば、時間を無駄に
 しないですかっとした気持ちで出勤することができるぞ。でも裏声であの高音を出すのには熟練しないと駄目だろう。
 これはやりがいがあることだぞ」石山は翌日から始めることにしたが、最初の日こそ周りに誰もいなかったが、
 2、3日すると石山は人気者になって毎日30人以上の人が石山の周りを取り巻いた。「これは秘密特訓で行く
 つもりだったんだが...。さっき、なぜぼくを追っかけるのですかと尋ねたら、そりゃー、500メートルダッシュ
 をした後で裏声でコロラトゥーラアリアを歌うというのは大道芸としても非常にハイレベルなことだと思うんですよ
 と言われたんだ。あれ、向こうから来るのは、課長じゃないのかな。やはりそうだ。課長、どうされたのですか。
 この近くに引っ越して来られたのですか」「石山君、君のことだから変なことをしないかと思っていたんだ。
 なにせ500メートルダッシュをすると言ったのだから。それで心配していたら、君が同僚に、500メートル
 ダッシュを始めると物見遊山の人たちがたくさん集まると言っていたのを耳にしたんだ。それで君の家の近くで
 朝早くから待機していたところ、突然、素っ頓狂な声が聞こえたんだ」「課長、素っ頓狂というのは、失礼だと
 思います」「じゃあ、調子はずれではどうかな」「それならいいです」』

相川さんも促されているし来月にでも高尾山に一度行ってみるかなと、小川は手紙を読み終えて独り言を言った。