プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生188」
小川は久しぶりに仕事で大阪を訪れることになったが、急に決まったため新幹線が満席で指定席が取れず自由席で
大阪まで行くことになった。3号車の乗降口から入り、空席を捜しながら1号車へと歩いていると後ろから声がした。
「オウ、オマエジャナカッタアナタ久しぶりですネ」
「その声は、やはり、ベンさんでしたか」
「オマエも旅費のセツヤクですか」
「いや、ぼくの場合はただ空きがなかっただけで...。そんなことより、お久しぶりです。またお会いできて
うれしいです」
「ソウデスネ、ワタシもソウ思います。ところで、アナタ、最近、ディケンズを読んでマスカ」
「ここのところ、ずっとご無沙汰だったのですが、やっと、「ドンビー父子」、もちろん翻訳したものですが、
を手に入れたので、これから読もうと思っているところです」
「そうですか、新訳が手に入ってヨカッタデスね」
「ところでベンさん、あなたもなにか今お読みですか」
「オウ、ワタシは、愉快なものが好きなので、「ピクウィック・クラブ」「ニコラス・ニクルビー」
「クリスマス・キャロル」「デイヴィッド・コパフィールド」「大いなる遺産」ナンかを何度も読み直して
イマスね。アナタ、トコロデお名前はナンて言うの」
「小川弘士と言います。ところで、あなたは...」
「ベン・ブリッ...ジといってもコレは本名ではありませんが、アル意味でワタシの仕事を表しているのです。
ソウ、ワタシはいろいろ橋渡しをしているのです。ところで、アナタ、ワタシも「ドンビー父子」の翻訳を
テにイレタクて捜しているのですが、どうやってテにイレマシタか」
「馴染みの古書店で手に入れたのですが、それまでの経緯が信じてもらえるかどうか...」
「フンフン、興味アリマスネ。言ったんサイ」
「実は、2ヶ月程前に先程の古書店にその本が入ったと店主から連絡があったのですが、店に着いた時には
どうしてもほしいと言われたお客さんに売った後だったんです。失望していたんですが、ある晩にその人が
夢の中に出て来て、早く「ドンビー父子」を読めというのです。最初は近くの大きな図書館で借りて読もうと
考えたのですが、駄目で元々とその古書店に行ったところ、置いてあったのです。店主の話ではその方が
翌日に持って来たそうです。最初に求めた人に売ってくれと言われたので、連絡はしなかったということで...」
「ウーム、モシカして、その人の風貌は...」
「風貌も何も、サミュエル・ピクウィック氏そっくりの人ですよ」
「で、そのジンブツがアナタの夢の中にも出て来たと...。オウ、それはオメデトウございます」
「な、何がおめでたいのですか。あーっ、でももう少しで、ベンさんが降車される名古屋に着いてしまう」
「ソウ、少し残念ですが、マタお会いできるでしょう。少し、ひんとを上げましょう。アナタが大変な
ディケンズ・ファンで使命感も強いから、生誕200年に自分のことを祝ってもらいたいという文豪の意志を
仄めかせば、尾っぽを触られた殿様バッタのように大きく飛躍してもらえると思ったのだとオモウノです。
アトはマタコンド」
「心ノコリデスが、マタ会う日マデ」