プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生195」
小川は大川に、登山をするなら登山靴、リュック、雨具は必需品だから一緒に買いに行きませんかと
言われたので、日曜日の午後、神田のスポーツ用品店にふたりで出掛けることにした。
「軽登山、トレッキングと言っても、十分な装備をしないで出掛けるとひどい目にあったりします」
「というとそういう経験があるのですか」
「私が初めて中級者向けの山に登った時のことですが、道のりの中間のところで足を挫いて困っておられる方が、
いたのです。その頃中学生だった私は何もできなかったのですが、しばらくそこでその方の様子を
見ていたのです。その中年の男性は普通のスニーカーで小さなリュックを持っていたのですが、防寒具の
役割もしてくれる雨具を用意していないようだったので、寒そうでした。といっても人の分の雨具を持って
いる人が通りかかるはずもなく、日が傾いて風が強くなると連れのいないその男性は大きな声で助けを
求めるようになりました。何人かの親切な人がその男性のところに集まって来ましたが、それからすぐに
下山したので、どうしてそこから2キロあるロープーウェイの山頂駅まで行ったのかわかりません。
多くの人の手を煩わせたのは間違いないでしょう。私の友人の話ですが、登山をするなら、自分の身を
守るために最低限必要なものを持っておかなければ同行の人に迷惑かける。もし単独行動を取るのなら、
万一の時でも困らないような十分な装備を身につけておくことが大事だと思います」
「でも、足を挫いたら、誰かに助けてもらうしかないでしょう」
「いいえ、そうならないように足首をしっかりと固定してくれる登山靴を履いていれば、足を挫く心配は
ないと思います。突然雨が降ったら雨具も必要になります」
「でも、高尾山くらいなら、スニーカーでもいいでしょう。それに天気がよければ雨具もいらないでしょう」
「それは小川さんご自身の判断に任せます。本格的な登山となると自分のことで精一杯になるので、中途半端な
装備では同行の人たちに迷惑がかかることになります。日頃からそういったことを心掛けておかないと
駄目なんです」
「そうですか。なら、ぼくは今日は登山靴、雨具とリュックを買っておきます」
「そうですね。そうされるのがいいですよ」
「ところで大川さんは、当日はもちろん」
「そうです当然途中で3人のうちの誰かが足を挫いたら大変ですから、3人用のテントと2週間分の食料と水は
持って行くことにします。そうだ
、着替えも1週間分は持って行っとかないと」
「......」
「まあ、ずいぶん時間がかかったのね」
「うん、ぼくの買い物はすぐに済んだんだけれど、大川さんがいろいろ非常食や服を買われて、それにつき合っていると
遅くなっちゃった」
「ふふふ、おつき合いのよいこと。ああ、これを買ったのね。こういうのを見ていると私も行ってみたい気がするわ」
「まあ、高尾山なら家族みんなで行ってもいいんじゃないかな。ガイドができるくらい熟知したら、一緒に行こうか」
「そうね。楽しみにしているわ」