プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生196」
小川、大川、相川の3人は、京王線高尾山口駅の改札口で午前9時に待ち合わせた。最後に大川が やってきたが、
その荷物の大きさに小川と相川は目を丸くした。
「この前に神田のスポーツ用品店にご一緒した時からある程度は予測していたのですが、それにしてもそんな大きな
リュックを担いで上までいくのですか」
「別に心配されないでいいですよ。40キロくらいですから。ぼくの場合、毎日、筋トレが必要ですから、登山の
時もこうして重い荷物を持つようにしているのです」
「それはわかるのですが、そのぴっちりしたズボンはなんなんですか。足が少ししか上がらないようですが...」
「ああ、これは足に負荷をかけることで立派なトレーニングになっているのです」
「そうですか、でもお尻の縫い目に大きな負荷がかかって、割れないかが心配です」
「まあ、お二人ともせっかく、ハイキングを楽しむために来たのですから、もっと他の話題にしましょう。そうだ、
小川さん、先月、秋子さんが体調を崩されたようですが、その後はどうですか」
「ご心配おかけしましたが、その後は今まで通りにやっています。日曜日の音楽仲間との練習が楽しいようで、最近は
朝、朝食をとるとすぐに勤務先の音大にあるスタジオに向かいます。10年ぶりに楽器を手にする人がいたりするので
本格的に合奏を始めるまで至っていないようですが、秋子はリーダーとしてみんなの相談に親身に乗っているので
徐々に信頼を集めて行っているようです。でも、人前で演奏できるようになるまでにはあと3年はかかるだろうと言って
います。彼女の負担を少しでも減らせないかと思うのですが...。実は今日こうして3人で登山ができるのは、
秋子が気を使ってくれたからなのです」
「というと、今日は練習はしないのですか」
「ええ、各自、自宅で練習するようにしてもらったと言ってました」
「深美ちゃん、桃香ちゃんも楽しみですね」
「深美は、年末にはイギリスのホールで演奏する予定になっています。最初は何組かの演奏家と一緒にするそうですが、
20才までに一度は自分だけが出演するコンサートをしたいと言っています。桃香は今のところ、普通の小学生ですが、
ヴァイオリンの先生の話では、センスがあるので上達が早い。将来が楽しみと言われています」
「そうですか、大川さん、アユミさんや子供さんたちはどうですか」
「うーん、やはり傾斜の急な坂道ではこのズボンはきついですね。あっ、家族のことですか。子供たちふたりは元気いっぱい
ですが、特に変わりはないですね。そう言えば、アユミが、そろそろ自分も表舞台に立ってみようかなと言っています」
「そうですか、それは私も楽しみにしています。この前、深美ちゃんが帰国された時にアユミさんの演奏を初めて聴いたの
ですが、ダイナミックな演奏は聴衆に支持されることでしょう」
「そうですね。といっても秋子さんたちと共演するためにということなので、ピアノの独奏を聴いていただくということでは
ないようです。派手なように見えるかもしれませんが、どちらかというと裏方が好きなようで、自分が教えた生徒なんかが
褒められた方が自分が褒められるよりうれしいようです。生徒は深美ちゃん以外にもたくさんいて、深美ちゃんの話を
聞いて遠くから習いに来る生徒もいます。今のところ、私に転勤の話はないのですが、もしどこか遠くに行くことに
なったら、今度は単身で行くことになるでしょう。ところで相川さん、あなたのご家族は」
「子供たちはもう大きくなっていますから、地道にやっているとだけ言っておきます。今のところ、転勤はないですね。」
「そうだ、ここでこれからの講義のことや私が書く小説のことを話してもらえると思って来たのですが、相川さん、そろそろ」
「そうですね。それじゃー、そこの展望台で少しお話することにしましょうか」