プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生199」

小川は大川や相川そしてディケンズ先生に励まされて、腰を落ち着けて小説を書いてみることにした。
<名曲喫茶ヴィオロンのマスターの許可を得て、日曜日の午後、混雑していないようだったら、一角を小説を書く時に利用
 させてもらうことにした。今日は日曜日だけれど雨の日だからか、お客さんは少ないようだ。いつもの席に座ってと。
 ここで音楽を聴きながら、毎日小説を書けたら幸せだろうな。駆け出しのぼくには、ただ自分で体験したことや
 本で読んだことをヒントに話を紡いで行くしかできないだろう。湧き出る泉のように面白い話を作り出せる力があればなあ...。
 でも相川さんから教えてもらった小説技巧を使うと、平凡な話でも読者に興味を持たせることができるかもしれない>

『なんで彼はじっと睨んだままで楽譜を買おうとしないんだろう。その楽譜がほしいんだから、いいかげんにしてほしいな。
 ちょっと話し掛けてみよう。
 「どうしたんだい、さっきからずっと同じページをぼんやり見ているけど...。その楽譜をぼくも見たいんだけれど...」「ああ、
 ごめん。でもぼくはこれを買うかもしれないから」「君、ピアノが弾けるの」「ううん」「じゃあ、楽器ができるの」
 「別にいいじゃないか」「楽器ができないのに楽譜を買うなんておかしいよ」「ちゃんとした理由があるんだ」
 そうかこの子は近所に住む女の子に「蒼いノクターン」が載った楽譜をプレゼントしたいんだな。けれど高くて手が出ない。
 そういうことなら、協力できるかもしれない。
 「ところで君は、「蒼いノクターン」の楽譜があればそれで救われるわけだ」「救われるだなんて。でもその通りだよ」
 「じゃあ、万事上手く行く方法を考えたから、君はその楽譜をぼくに渡して、外で待っていて」「うん...。でも...」
 「心配いらない。少し荒っぽいけど、君の願いは叶うから」「......」
 よしそれでは、まずこの楽譜を3ヶ月かかって貯めた二千円で購入して。「はい、袋に入れて下さい」それから併設の文具店で
 カッターナイフを購入してと。一番安いのでいいや。「すぐ使うので、包装は結構です」では彼のところへ行くとしよう。
 「やあ、待ったかな」「ううん、でもどうするつもり」「このカッターナイフで君が必要なところを切りとってあげるから、
 彼女にそれを上げるといい」「でも...」「ぼくは、「涙のトッカータ」や「エーゲ海の真珠」なんかを弾いて楽しむから。
 そうだ、ぼくは日曜日のお昼にこの書店に楽譜を見によく来るから、また会えるかもしれない」「困った時には、また来るよ」

 いつものように藤棚の下でラジオを聴いているかしら。やっぱりいたわ。この前にお願いしていたことどうなったか、
 尋ねてみよう。
 「どうだった。楽譜見つかった」「見つかったけど、とても高くて中学生のぼくには手が出なかった...」「そうだと思った。
 けれどいつか買って、自分で演奏してみたいな」「だけど、そこで思いがけないことが起きたんだよ。ほら」「えっ、これは
 「蒼いノクターン」の楽譜だわ、切りとられたように見えるけど...。まさか」「安心して、これはぼくと同じくらいの
 年の子が購入した楽譜から切り取ったものなんだ。本屋でぼくの窮状を理解してくれて、大切な楽譜の一部を譲って
 くれたんだ」「そうだったの」そうだ、文化祭のことも相談してみようかな。「うれしいわ。ところでもうひとつお願い
 したいことがあるんだけれど...」「どんなこと」「もうすぐ、文化祭があるでしょ。私たちのクラスでは、ディケンズの
 「クリスマス・キャロル」をやろうということになったの。それを提案したのが私だから、台本を自分で作ろうと思っているの。
 それで...」「台本作りを一緒にしようというのなら、喜んで協力させてもらうよ」「ありがとう。じゃあ、来週までに
 「クリスマス・キャロル」の文庫本を買って読んでおくから、あなたもそうしてね」』

<一人称の三つ巴というのも面白いんじゃないかな。3人の中学生の心の中を描いておいて、どういう結末を着けるかは
 これからの成り行き次第だけれど、しばらくは小説を書くことを楽しんでみよう>