プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生204」
相川は席に戻ると、1ヶ月程前に小川が相川に送った小説の原稿を鞄から取り出した。
「それでは、お待たせ致しました。小川さんが書かれた小説について私の意見を述べてみましょう。
今回の原稿を見て思ったことを率直に言いましょう。3人の男女が1人称で自分の心の中を見せて対話する
というかたちで物語を進めるようですね。今のところ、ある人物の心の動きを描いてからふたりの対話という
かたちですが、3人が絡む時にどうなっていくのか想像し難いのですが、この点はどうなさるつもりですか、小川さん」
「えーっ、相川さんが自由にやったらいいですよと言われたので、そのことは考えていなかったなあ。例えば、2人だけなら、
2、3行で場面転換したりすると緊迫感が出て面白いかと思ったけれど、3人が絡んだ時にどうなるかは、考えていなかった
なあ...。そうだ、必要な時に3人称の小説にして...」
「そうですね、そのように考えておられるのなら、しばらくは行き詰まることなく、進めて行けることでしょう。
『クリスマス・キャロル』の台本を中学校の同級生の男女が仲良く、時には激しい議論を戦わせて作り上げる
というのはとても興味があります。ディケンズの作品について掘り下げた意見も出されると思いますので、
興味は尽きないですね。本屋で知り合いになった、隣町に住む中学生の同行も気になるのですが、しばらくは
若きカップル...」
「そうですね、相川さんは仲のよいカップルを想像されるのかもしれませんが...、今のところ、友人と言うかたちで行きたいと
思っています」
「小川さんの言うとおりだと思います。中学生なんですから、カップルというのは」
「いや、これは失礼しました。中学生だというのを忘れていました。でも、子供の友情を描いただけでは児童文学のカテゴリーに
入るのかもしれません」
「というと小説とは違うものになると...」
「いえ、小説の中に、純文学、児童文学、推理小説、大衆小説などが入ると考えていますので、小説であることには違い
ありません。問題となるのは、小川さんが書きたいものがどういうものかということです。大人が出て来なくって、子供同士の
会話に終始するのなら、それはやはり児童文学です」
「でも、そうすると3人とも中学生だから、もう一人大人の登場人物を入れるべきだとお考えですか」
「そうです。私は子供がやっていることが不十分で、大人が手を差し伸べなければ満足な仕事ができないと言っているのでは
ありません。子供の中にもすばらしい才能を持った人もいるでしょう。でも小説の中で、子供同士の会話が延々と続くだけでは
面白くないでしょう。小さな子供が大人からの影響を受けながら成長して行くというのは小説の素材になりやすく、ディケンズの
「デイヴィッド・コパフィールド」「大いなる遺産」はそのカテゴリーに入る小説ですので、小川さんも...」
「でも、既に登場している人物を減らして、もう一人登場人物を増やすというのは難しいなあ」
「いいえ、登場人物を減らす必要はありません。もう一人大人の登場人物を増やすべきです。いや2、3人増やすべき
ですね。今までと同じ1人称の小説でされるといいと思います。両親や兄弟というのでは劇的な要素に欠けるので、
もっと自由な立場にある人がいいと思います。学校の先輩とか、近所に住んでいる謎の老人であるとか、こう言った人の
体験談などから浪漫的な展開に持ち込めれば小川さんの小説もずっと面白くなりますよ」
「なるほど、そういうふうに発展して行くのが面白いかもしれませんね」
「ということで、今の解説をいつもの講義とさせていただき、もうすぐベンジャミンも来ると思いますので、あとは
いつもの小説を読み上げるとしましょう」