プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生205」

相川は小川が書いた小説の原稿を小川に渡すと、鞄の中から自分の小説の原稿を取り出した。
「イギリスに行ってしまうと、こうして原稿をお返しできないかもしれないので、コピーを送っていただいたら
 いいですよ。さて、前回から大分時間が経過してしまいました。前回は体調を崩して、講義だけをして、小説は
 手紙に同封して読んでいただくことになりましたが、読んでいただいていますか。そうですか。では続きを...、
 『石山が課長と対峙して話をしていると、周りにいた耳敏い聴衆の一人が言った。「どうもこの人は上司らしいぞ。
  上司なら、大道芸でも部下より秀でているはずだ。そうだ、この人にもお願いしようじゃないか。諸君」
  「そうだ、この人の上司なら、ヴェルディの「椿姫」のさわりの部分をひとり二役でやれるはずだ」「そんな、
  この人に失礼なことを言ってはいけない。この人はプッチーニの「ボエーム」の主要な登場人物6人の
  声を使い分けて、オペラを最後までやってくれるそうだぞ」「いやいや、もっとすごいことができると
  思うな。ワーグナーの「タンホイザー」の冒頭のタンホイザーとヴェヌスのやり取りのところを腹筋を
  しながら歌ってくれるんじゃないかな」課長は周りの沸き立つ期待感に恐れおののき、石山の手を引いて
  一旦群衆の外に出た。「石山君、これは危険な状況と言えるんじゃないか」「いいえ、課長が何かを
  すれば、聴衆は満足して帰ると思います」「そうか、それなら私にできることがひとつある。これだ」
  「わかりました。では、私が聴衆にアナウンスをしますので、そのあと頑張って演奏して下さい。
  皆さん、課長が今からトランペットの演奏を披露して下さいます。少し前衛的な演奏ですが、皆さんの
  気に入っていただけると思います。それでは課長、張り切ってどうぞ」「よーし、いくぞ。ピッピッ
  プープープープスプス...。あっ、みんな帰って行くじゃないか。もう一度、歌ってくれ、石山君」
  「はい、わかりました。デア ヘレ ラへ コフト イン マイネム ヘルツェン トド ウント
  フェアツヴァイフルンク」「おお、いいぞ、聴衆が戻ってきたぞ。プウプウピピーッピピーップスッ、
  いかん、もう一度、頼む」「トド ウント フェアツヴァイフルンク フラムメット ウム ミッヒ
  ヘル...」「やはり、駄目だったか」「また、明日来られますか」「そうしよう」』
 ああ、いいところに、ベンジャミンがやって来た。ここがすぐにわかったかな」
「オウ、ミナサンオソロイデスネ。ならハナシはハヤイです。ワタシは、ニホンの方とトテモ親しくなりたいのです。
 アイカワ、アンタとオマエはシットルけど、モウ一人のこの方はドチラさん」
「ああ、私のことですね。私は大川と言います。よろしく」
「よろしく。オウ、スゴい腕力ヤネー。トコロデアンタトクギなんやの」
「うーん、今日はこんなこともあると思って、トランポリンを持って来たんだ」
「おお、これはミニ木下大サーカスダわ。ニホンの方ってホンマにオモシロい人ばっかりヤネ」
「おいおい、この人は毎日鍛えてるから、こんな凄いことができるのさ。でも、気に入ってくれたようだね」
「オマエも久しぶりヤネ。ゲンキにシテイマシタか」
「はい、私は小川と言います。ベンジャミンさんもお元気そうで。これから、月に1回くらいお会いできるのが楽しみです」
「ソウやね。オガワってゆうとったな。ディケンズにトテモキョウミがあると。マア、ヨロシクオネガイシマス」
「立ち話もなんだから、みんなで夕食にどこかに行こう」