プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生208」

桃香のヴァイオリンの発表会に秋子が付き添うことになったので、小川は家事を終えた後、書斎に籠って
「ドンビー父子」続きを読んだ。
<主人公ドンビー氏はバグストック卿の紹介でイーディスとその母親と知り合いになるが、ディケンズ先生は
 このふたりとドンビー氏の関係をどのように描いて行くのだろう。イーディスの母親のスキュートン夫人は
 蝶よ花よと手塩にかけて育てた娘と言っているが、イーディスは最初の結婚で夫と死別したあたりから歯車に
 狂いが生じてしまったようだ。バグストック卿から紹介を受ける時には親子で温泉地で保養していると言い
 ながらも、実際には花婿を物色していてお金にも困っているようだ。そこにドンビー氏が嵌ってしまったわけだが、
 心の交流をもたずにただ美しいというだけで結婚を決めたドンビー氏と母親に甘やかされて育ち母親が勝手に
 決めた相手に無理矢理結婚させられたイーディスとでは長続きすることはないだろう。イーディスがドンビー氏の
 言うことを聞かずに、社交界で夫ドンビー氏の役に立つことを拒んだ時からふたりの間には決定的な亀裂が
 生じたようだ。スキュートン夫人はドンビー氏とうまくいかないこともその原因だが、自分たちふたりの将来の姿を
 路上であったアリスとブラウン婆さんに見たのか、ふたりと出会ってからは心身ともに衰弱させて行く。
 そう言えば、ドンビー氏とイーディスという経済的にも社会的にも恵まれたカップルがうまく行かずに、
 フローレンスとウォルター・ゲイという若くて希望に満ちたカップルがまわりの人々に助けられて苦境を乗り切る
 というのがこの物語の主要な筋なのかもしれないな。もう3時か、夕方にならないと帰らないだろうから
 少し横になるか。1時間程したら買い物に行くことにしよう>
小川が横になると、すぐに睡魔が襲って来た。霧が晴れたと思ったら、そこにディケンズ先生が現れたが、
何人かの人が一緒だった。
「小川君、元気にしていたかな。最近、私の小説を読んでくれないんで...」
「すみません。公私共に忙しいもので、でも「ドンビー父子」を楽しんで読んでいますから」
「そうか、そうか。それだったら、私は、これからも私の小説を楽しんでくれと言うだけさ」
「ところで先生、ピクウィック氏とフローレンスは面識があるのでわかるのですが、他の方々を紹介して
 いただけますか」
「実は、マックスティンガー夫人に出演交渉を依頼してきたが、断られてしまった。自分が創作した登場人物に
 無下に断られ、私は打ちのめされてしまった。そこでピクウィック氏に相談したところ...」
「先生、あとは私から説明します。そこでマックスティンガー夫人の代わりをしてもらう人を幾人かお連れしたんです。
 いずれも癖のある中年女性です。小川さんの気に入ってもらえるか、心配なんですが...。まあ、順番に言って
 行きましょう。まずは、「ピクウィック・クラブ」のバーデル夫人、次に「リトル・ドリット」のフローラ・フィンチング、
 「荒涼館」のジェリビー夫人、「デイヴィッド・コパフィールド」のヒープ夫人、「大いなる遺産」のミス・ハヴィシャム、
 「我らが共通の友(互いの友)」のウィルファー夫人で、みなさんこちらにお揃いですよ」
「それでこんなにたくさんの方が...。でも、ぼくはフローレンスだけで十分です」
「ねえねえ、小川さん、私のことそんなに気に入ってくれているの。うれしいわ」
「そうだね、深美や桃香と同じように接することができるし...。これからもよろしく」
「先生、ああいうふうに小川さんは話していますが、後に引けません」
「私もそう思うよ。ローテーションで出てきてもらったらいいじゃないか」
「そうですね」
「......」