プチ小説「たこちゃんの滝汗」
スエット、スドール、シュヴァイスというのは汗のことだけれど、最近身体を鍛えて夏に強くなったとはいえ、これだけ
猛暑日が続くと参ってしまう。朝起きて枕がぐっしょり濡れているのに気付くと、下肢も同じように濡れていないだろうか
と心配になって布団を検めてしまう。そんなぼくは人並み以上に汗かきなのだが、この原因は少年時代に腹が減ったら、
清涼飲料水や水を飲んでいたということに原因があるのだと思っている。おかげで少年時代、夏になるとぼくの頭髪は
アザラシがプールから上がった時のようにぼとぼとで服も同じようにびとびとだった。そんな野生児のようなぼくだったが、
大学に入るとさすがにまわりに影響を受けて水をがぶ飲みするのをやめた。当時真ん中分けをやめて、整髪料をつけて
七三に分けるようになったのもある。汗でぼとぼとになるとセットが乱れ、アザラシから戻らなくなるのに気がついたんだ。
といっても油をつけて髪の毛をいたわるわけでもなく、ドライヤーで無理矢理七三に分けていたぼくを髪の毛たちは呪ったに
ちがいない。案の定そんなぼくに頭髪たちは愛想をつかして、30歳になるまでにたくさんぼくのもとを去って行った。いけない、
今は汗の話をしていたのだった。白髪が目立ち始めたころにいい年をして髪の毛がぼとぼとでは体裁が悪いと思ったぼくは、
ここはひとつ体質を改善するために山登りを始めるのも悪くないなという軽い気持から、登山を始めた。最初は大阪近郊の
千メートル位の山をガイドブックでセレクトして登った。御在所岳、大和葛城山、伊吹山、検尾山、曽爾高原、大台ケ原、
金剛山それから地元のポンポン山を喘ぎながら登っていたが、ある日汗の量が一向に減らないだけではなく、山登りを始めた
頃より体重が増えて、お腹が突出して来たことに気付いた。丁度その頃に仕事が忙しくなり山登りをやめることにしたが、
3年して再開するにあたりある人に下半身の鍛え方を教わり、三千メートル級の山も平気で登られる体力を身につけたのだった。
それと同時に汗の量も人並みとなったが、これは年齢的なものもあるのかもしれない。腿揚げを何時間もするというだけ
だったが、その後槍・穂高に7回、八ヶ岳に2回、富士山に2回(一度で)登ったのだが、へたったことはない。
駅前で客待ちをしているスキンヘッドのタクシー運転手は、汗かきのようでよく頭部をハンカチで拭いているのを見かけるが、
汗かきなんだろうか、そこにいるから訊いてみよう。「こんにちは」「オウ、ブエノスディアス カダディアアセマスカロール」
「そうですよね、ここのところ猛暑日が続いていて、今日の予想最高気温、大阪は37度と言ってましたから」「けどな、
負けたらあかんで、船場はん」「えっ、それはどういうことですか」「あんたとは長い付き合いやからわかるんや」
「こうして一瞬駅前で会話を交わすだけなのが、1年ほどつづいているだけなのに...。長い付き合いですか」
「当たり前やないか。きみとぼくは兄弟のようなもんや。頭も体格もよう似とる...。ところでさっきの続きやけど、暑いから
言うて、前に進むのを止めたらあかんでえ」「と言いますと」「ほらなんちゅーたかな、あの本」「「こんにちは、ディケンズ
先生」船場弘章著 近代文藝社刊のことですか」「そうそう、それやがな、その本が大学図書館や公立図書館のホームページに
掲載してもらっているという話やが、わし思うんやけど、やっぱり手っ取り早いのは本屋さんの店頭に並べてもらうことやと
思うんや」「鼻田さんもそう思われますか」「なんや、その突き放したような言い方は」「でも、本屋さんも採算が取れるか
を第一に考えるんじゃないでしょうか。ぼくも発売当時40以上の東京近郊にある本屋さんで自分の本を陳列していただくよう
頼んだのですが、やはり売れるものでないと置けないという感じでした」「あんた、何言うとるの。さっき、大学図書館、
公立図書館のホームページに掲載してもらっとるって言うてたやないか。自分で勝手な理由を付けて怠ける奴をわしは...」
「なんですか」「わしは...」「ど、どうしたのですか」「自分に生き写しのようで、親近感を持ってしまうんや」
鼻田さんが大声でそんなことを言うものだから、しばらく腰が抜けて立ち上がれなかったんだ。ぶつぶつぶつ...。