プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生217」

小川ら一行は高尾山山頂に着いた後、落ちついて昼食を取りそのあとお互いに音楽を披露し合える木蔭のある空間が
ないかと探しながらぼちぼち下山し、かなりハイキングコースを外れたところでそれにちょうどよい場所を見つけた。
「小川さん、ここなら、通行する人も少ないし比較的平坦だから、演奏も思いっきりできますね。誰がトップバッターかな」
「大川さん、それより、昼食を先にいただきましょう。裕美ちゃんも音弥君も、お腹すいているだろ。もうお昼をだいぶ過ぎて
 しまった。でも帰りにケーブルカーを利用したら、時間の節約ができて上がる時ほど時間はかからないだろうから、
 ここではゆっくりしましょう」
「オウ、オガワさん、ワタシノコトは気にせんでエエヨ。今日中に名古屋に帰れたらエエのんやから。それより
 ワタシ、オガワさんのクラリネット、はやくキキタイデス」
「じゃあ、大川さん夫婦が昼食の用意をしている間、私の拙い演奏をお聴きいただくことにしましょう。といっても
 リコーダーと違ってクラリネットは組み立てて、ロングトーンの練習、指慣らしをして楽器を温めてからでないと...。それに
 私の拙いクラリネットソロを聞いてもらっても...」
「小川さん、心配しないで。私、伴奏するから、即興で音をつけるから、思いっきり吹いたらいいわよ」
「あっ、アユミさん、ありがとう。それでは少し話をしてから、演奏することにします。今日はみなさんお集まりいただき、
 ありがとうございます。本日は遠路はるばるイギリスから私どもの国、日本にお越しいただき、日本の文化に興味を持たれ
 長年両国の交流のために尽力されて来た、ベンジャミンさん、ベンさんのためにささやかではあるけれどもなにか心に残る
 一時を一緒に過ごさせていただこうと考え、この場を設けさせていただきました。ベンさんは今後1年間私たちが開催する
 親睦会に参加されますが、相川さんの親友でもあり、ディケンズ文学の愛好家でもあられるベンさんに精一杯日本の
 文化の素晴らしさを紹介させていただき、今度、ベンさんが相川さんに会われた時に充実した内容だったと言われるように
 頑張りたいと思っています。大川さんには、本日の会を主催していただきましたが、1年間大川さんと私が交代で
 ベンさんのお持て成しをさせていただこうと考えています。そういうことですので、よろしくお願いします」
「アリガトゴザイマス。ワタシもアンタ等になにかテイキョウできないかとオモットルんよ」
「そうですね。一方通行ではなく交流の場になるといいですね」
「ソウやね。じゃあ、そろそろ、小川さん、ハジメテ」
「今日は肩の凝らない会にしたいので、私が演奏していても食事はとって下さい。じゃあ、今から、「グリーンスリーヴス」
 「ロンドンデリーエア」「春の日の花と輝く」の順でクラリネット演奏をします」

小川の演奏は初心者の演奏の域を出るものではなかったが、アユミの即興演奏(キーボードでピアノの音を鳴らしていた)は
聴いている人の心を捕えて離さない感動的なものだった。
<そうか、アユミさんのように長年音楽をして来た人なら、パートナーが危なっかしい演奏をしていても支えることができるんだ。
 ぼくは暗譜した旋律をそのまま吹くことしかできないけれど、アユミさんの演奏は本当にすばらしい。即興で伴奏をつけるだけ
 でなく時には主旋律を弾いている。あっ、ベンさんがヴァイオリンを取り出した。ここのところは彼にまかせるとしよう>
「オガワさん、アケミさん、ドウモアリガトゴザイマシタ。ワタシもアユミさんの伴奏でクラシックの小品を引かせてもらおうと
 思いますが、それはノチホドということで。イマはフィドル独奏で3曲聴いていただきましょう。オールド・ジョー・クラーク、
 クリップル・クリーク、ビリー・イン・ザ・ロウグラウンドです」
ベンジャミンがフィドルの演奏をはじめてしばらくすると、裕美はスプーンのパーカッションを、音弥はハーモニカでの伴奏を始めた。
大川とアユミはそれをにこにこしながら眺めていた。