プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生220」

小川はアユミの伴奏でベンジャミンがクラシックの小品をヴァイオリン演奏するのを見ていたが、二人が楽譜を見ないで
何曲も演奏できるのに舌を巻いた。
「やはり、旋律だけ3曲を覚えるのがやっとというぼくとは大違いだな。コツがあるのかもしれないが、やはり音楽理論を
 よく知っていないとできないことだろう。5年ほどクラリネットを習ったからと言って、基礎的なことができていなければ
 ただ主旋律を伴奏に合わせて吹くことができるだけで、他の楽器との共演なんていつまでたってもできないだろうな。
 あっ、大川さん、先程は楽しい演奏をありがとうございました」
「いえいえ、あれは実は子供をその気にさせるための技だったんです」
「技?ですか」
「そうです。音弥は姉の裕美のようにクラシック音楽に興味を持たずに本ばかり読んでいるのですが、今日のこの機会を
 うまく利用すれば音弥も少しはクラシック音楽に興味を持ってくれるかなと思ったんです。フィンガー5はそのための
 いわばおやつのようなものです。音弥にはこう言って来たんです。音弥、今度、高尾山に登った時にみんなの前で
 4曲披露しようと思う。音弥と一緒に練習しようと思うが、お父さんはフィンガー5のファンだから踊りだけを手伝って
 くれ。あとの2曲は音弥が好きなようにやったらいいんだよ。そうして毎晩のように私がフィンガー5の曲を歌い始めると
 条件反射のように音弥が私のところに来るようになったのです。グノーやシューベルトのアヴェ・マリアではこうは
 行かないですからね」
「......」
「そうしてふたりで「個人授業」と「恋のダイヤル6700」を歌って踊り終えるとグノーとシューベルトのアヴェ・マリア
 の練習に移って行ったのです。これは大変うまく行きましたので、次も昔のアイドルグループの曲とクラシック音楽を
 一緒に音弥に練習させようかと思っているんです」
「でも、晃くんのようなアイドルはなかなかいないんじゃないですか」
「それが問題なんですが...。どうやら演奏が終わったようだ。ベンさん、お疲れさまでした」
「オウ、こんなすばらしいピアニストと共演できたなんて、ワタシはなんてシアワセモン」
「さあさ、みなさん、コーヒーを入れたのでどうぞお召し上がりください。でも、ベンさんはどこでヴァイオリンを
 習われたのですか」
「ワタシの両親もオオカワとアユミさんのようにクラシック音楽好きで早くからワタシにヴァイオリンを習わせた
 というワケナンデスが、ワタシの場合、クラシック音楽だけではもの足らなくなって、ワールドミュージック、民族音楽に
 も興味を持ち、演奏もするようになったノデス。といってもヴァイオリンはギターほど行き渡っていないから、
 シャンソン、カンツォーネ、ブルーグラス、タンゴ、ジプシー音楽のよく知られた曲を演奏するくらいデス」
「まあ、話は尽きないところですが、1ヶ月後にまたお会いできますし、今日のところはここらで...」
「ミナサン、ホントに今日は楽しい時間を過ごさせていただきました。これから先のことは帰途ぼちぼち話すことにしましょう」

「あら、お帰りなさい。どうだった」
「いやー、ホントに楽しかったよ。ベンジャミンさんも一緒になってミニコンサートをして来たよ」
「ふふ、それはよかった。桃香も帰宅しているし今からお風呂に入るといいわ。それから夕飯を食べたら、今日のハイキングの話を
 桃香と一緒に聞かせていただくわ。楽しみだわ」