プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生224」
小川や大川らと高尾山に登って1ヶ月後の日曜日、ベンジャミンは正午ちょうどに小川宅を訪れた。玄関口には
桃香が出た。
「友さん、首を長くしてお待ちしておりました。ああ、それが愛用のヴァイオリンなのね。今日は私はお留守番なんだけど、
次は友さんにヴァイオリンを指導してもらおうかな」
「モモカちゃん、オヒサシブリです。今日はおかあさんのモンダイを解決シナイトイケナイので、シドウはできませんが、
次回なら、少しはダイジョウブです」
「やあ、ベンさん、お待ちしていました。もうアユミさんたちも来ているので、さっそく行きましょうか」
「そうやね、行こマイ」
小川、秋子、大川、アユミ、ベンジャミンの5人が秋子が勤務する音大の正門前に到着したのは午後1時頃だった。
「いつもこの時間にアンサンブルの練習が始まるので、みんな来ていると思うわ」
「OB、OGなのでたまに私たちもここに来ますが、スタジオで演奏するのは本当に久しぶりですね」
「あなた、今日はトランポリンを持って来なかったから安心したわ」
「何を言っているんだ。今でもぼくが学生時代に愛用していた伝説のトランポリンというのが、プロレス愛好会の部室に置いて
ある。だもんでここに持って来る必要はないんだ。アユミは大学を出てからはプロレス愛好会とは無縁になってしまったけれど、
ぼくの場合は今でも後輩たちと親交があって、部室に出入り自由なんだ」
「伝説のトランポリンですか???」
「そうです、かたち大きさは家にあるのと同じくらいなのですが、2倍の反発力があって、最高5メートルの高さまで
飛び上がることができるんです」
「そんな危険なトランポリンで鍛えていたのですか」
「いいえ、違います。3回生になっても語学の単位が取得できないぼくはせめて遅刻しないようにと当時2階にあった教室に
行くためにトランポリンを使っていたのです」
「でも、それなら5分早く下宿を出ればいいことで」
「もちろん、トレーニングも兼ねていたんですが、ある日ぼくが飛び上がった途端に先生が入口の窓を閉めてしまったもので」
「どうなったのですか」
「もう一度トランポリンまで下りて行って、3階の窓から入ったんです」
「!!!!!」
「小川さんは真面目だから...。そんな無茶はしませんよ。ぼくは仕方がないから教室の入口から入ったのですが、もちろん
遅刻してしまいました」
「そうですか。それは残念でしたね」
「さあ、みなさん着きました。それじゃあ、最初にアンサンブルのメンバーの皆さんを紹介させていただきます。まずこちらが
ファゴットの岡崎さん、ホルンの橋本さん、オーボエの山川さん、フルートの伊藤さん、それから弦楽器に行くとヴァイオリンの
市川さんと茨木さん、ヴィオラの安田さん、チェロの下村さん、コントラバスの西宮さんです。メロス・アンサンブルのように
あとピアノとハープが加わればいいんだけど...。でもピアノはアユミさんがいるから。そうそう、新加入のメンバーを私から
紹介します。まずは私がソロでクラリネットを演奏する時にお世話になっている、大川アユミさん、アユミさんはピアノの
先生をされています。そのご主人の大川さん、こちらはどの楽器でも指導可能ですが、作曲もされますので、私たちのオリジナル
曲を作曲していただく予定です。それからこちらはベンジャミンさん、通称ベンさんです。ベンさんは主にヴァイオリンを指導
されますが、弦楽器全体の指導もお願いしようと思います。最後に私の夫を紹介します。いつも私に力を与えてくれる心強い
パートナーですが、担当楽器が私と同じクラリネットなので、広報係として頑張っていただこうと思っています。その広報係
としてどんなことができるか、潜在的な力を皆さんに知っていただくために、挨拶文を作ってもらいました。準備はいいですか。
それでは、みなさんご静聴ください」
「ただいま紹介してもらった、秋子の夫の小川弘士と言います。それではしばし皆様のお耳をお借りします。いつも私の妻秋子が
お世話になっています。秋子が皆様方と一緒にアンサンブルをするようになって、週末に楽しみがあるからと毎日張り切って
仕事に出掛けるようになりました。.......」