プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生225」

小川はアンサンブルのメンバーへのメッセージを読み終えると、どのような印象を与えたのか知りたくなって思わず
近くにいた岡崎に声を掛けた。
「岡崎さん、いつも、秋子がお世話になっています。どうですか、秋子のリーダーシップは」
「私も秋子さんにお世話になっていて、モーツァルトの管楽合奏をする時は楽しいのですが、弦楽器と共演する
 ベートーヴェンの七重奏曲やシューベルトの八重奏曲なんかは大掛かりで演奏時間も長いので、仕上げるのが
 大変のように思います。秋子さんはメンバーが退屈しないように骨を折っておられるのですが...」
「うまく行っていないと...」
「私は楽しんでますよ。弦楽セクションのことは、市川さんや茨木さんに尋ねられるといいと思います」
「市川さん、秋子のリーダーシップはどう思われますか」
「私は最初、昔やっていたことがまたできるわ、と思って参加させてもらったんだけれど、昔の感覚を取り戻して
 難しいこともできるようになると欲が出て来たというか。管楽器と共演する場合、メンバーの数や楽器編成が
 めまぐるしく変わるでしょ。それよりか、ヴァイオリン2台、ヴィオラ1台、チェロ1台の弦楽四重奏曲の方が
 名曲がたくさんあるし、第一、曲ごとにメンバーが変わるということがないから、落ちついて練習できるし」

小川は秋子の気苦労の原因が少し掴めたので、ベンジャミン、大川、アユミと外に出て、話をすることにした。
「どう思いました」
「ぼくもある程度は予想していましたが、思った以上に厄介なことになっていますね」
「最初は音楽を趣味とする音大OGの集まりだったのが、演奏技術が向上するに連れて弦楽セクションと管楽
 セクションの歩調が合わなくなったという感じですね」
「岡崎さんと市川さんの主張はもっともなことだと思いますが、相容れないところがあり折衷案を出すというのも
 難しいかと思います」
「小川さん、ベンさんが何か話したそうよ」
「そうだ、ここは弦楽セクション担当のベンさんのご意見をいただきましょう」
「ワタシ、コマカイコト言うのキライです。だから、簡単に言います。弦楽セクションの人の好きにやらせるのが
 ヨロシ。足りないのは、私の弟子でホジュウしますから、管楽セクションは今まで通りにシヨッタラエエが、
 フルートは合奏のメンバーになるのがムツカシイから、アユミさんがしばしばメンドウを見てクダサイ。
 コントラバスの出番はかぎられますから、オガワ、あなたが話し相手になってあげてください。コンナンデイイデスカ」
「じゃあ、今の話を広報係からみんなに伝えることにしましょう」

小川の話を聞いてしばらくメンバーは顔を見合わせていたが、代表者として市川が話を始めた。
「ご主人の話は最初の挨拶のように明快で私たちも共感しています。私たちはみんな中年のおばさんだけれど、若い人たちと
 同じように夢は持っているわ。でもあえてしんどい環境を受け入れる必要がない私たちが、風通しの悪い、意思疎通の
 難しいアンサンブルでやっていく必要があるのかと思ったの。でもご主人やベンさんとお話をしていると悪くない環境だな
 と思ったわ。お互いに造作なく気持を伝えられるのなら、それは申し分ない環境になったのだと思うしこれからは
 精一杯頑張るつもりよ」
小川とベンジャミンが並んで秋子にこっそりウインクしてみせたが、秋子はそれに笑顔で応えた。