プチ小説「青春の光29」

「は、橋本さん、どうされたのですか、二日酔いですか」
「そうなんだ、田中君、昨日船場君と居酒屋に行ったんだが、飲み過ぎてしまった」
「アルコールは適量を楽しむのがいいと日頃からおっしゃっている橋本さんが羽目をはずしたのには、
 何かわけがあるのでしょうね」
「そう、昨日船場君と会ったのは、彼の著作「こんにちは、ディケンズ先生」船場弘章著 近代文藝社刊
 の書評が雑誌に掲載されたからなんだ」
「そうですか、それはおめでとうございます」
「mr partner という雑誌の9月号の100ページに掲載されたのだが、船場君は、書評が掲載されたのはこれが
 初めてなので1050円のロールケーキに自分の年と同じ数だけの蠟燭を灯して祝ったと言っていた。それを
 聞いて私が、もっと盛大に祝おうじゃないかと言ったところ、居酒屋でお祝いすることになったんだ」
「船場さんは下戸だと聞いていましたが...。ところで船場さんはその時どんなお話をされたのですか」
「前にも話したが、船場君はとにかく少しでも多くの人に自分の本のことを知ってもらおうと思って、公立図書館や
 大学図書館のホームページに掲載してもらえるようにと、公立図書館に直接自分の著書を持って行ったり、自分の
 小説の紹介文をつけて大学図書館に自分の本を贈ったりしたんだ」
「どれくらい採用されたのでしょうか」
「船場君は3割くらいと言っていたが、それでも56の公立図書館や大学図書館のホームページに掲載されたから、
 彼は思った以上に評価してもらえたと喜び、自信を持つようになった」
「なるほど」
「それで今度は直接いくつかの本屋さんに自分の本を陳列していただくようお願いに行くと言っている」
「でも、本屋さんも商売だから、船場さんが置いてくださいと言ってすぐに置いてもらえるということは...」
「船場君から昨年10月3日に彼の本が発売されてすぐの時に東京近郊の40の本屋さんを廻った時の話を聞いたが、
 彼は、何回かお伺いしないと本屋さんも無名の著者の売れていない本を置いてやろうという気持にはなりにくい
 と思う。三顧の礼、でも五顧の礼でもすると言っていた」
「そうですか...。でも、船場さんはサラリーマンですし、それなりの評価がなされて自分の著作がぼちぼち人目に
 触れるようになって来たわけですから、そんなに慌てなくてもよいようにも思うんですが」
「船場くんはこう言っていた。50才まではずっと脚光を浴びない人生を歩んで来た、自分が評価してもらえる可能性が出てきた
 のなら、ここはひとつ頑張ってみようと思った。今は休日もほとんど外出しないで小説ばかり書いている。そのおかげで、
 「こんにちは、ディケンズ先生」はあと2巻すぐに出版できるだけ書き上げているし、趣味のクラリネットについて書いている
 「クラリネット日誌」も3巻分くらい書き上げている。この「青春の光」のような楽しいプチ小説も1、2巻分は書かれている。
 昔書いた短編小説のいくつかも楽しんでもらえると思う。売れれば、出版社から次の出版についての打診があるだろうから、
 その時に慌てないで済むように書き溜めをしているのだと。でもそのためにはまずは「こんにちは、ディケンズ先生」がある程度
 売れないと」
「船場さんの思惑通りに行くといいですね」
「それはわからない。でも何もしなければ時間だけが経過して行くだけだよ。陽気に頑張ろうと言ったら、彼は、そうですね。
 陽気に行こうですよねと言ってうなずいていた。こんにちは、こんにちは、ディケンズ先生 ♩ と歌ったら、明るくほほえんで
 唱和してくれたよ」