プチ小説「青春の光30」

「は、橋本さん、船場さんが9月7日、8日の両日に東京近郊のいくつかの書店を廻ると言われていましたが、
 成果はどうだったんですか」
「田中君、君の考えは間違っている」
「えーーーーーーーーーっ?!どうしてですか」
「前にも言ったじゃないか。すぐに結果が出ることはないと。何回かお伺いしないと本屋さんも無名の著者の
 売れていない本を置いてやろうという気持にはなりにくいと思う。三顧の礼でも五顧の礼でもすると船場君が言って
 いたと話したのを忘れたのかな」
「じゃあ、感触はよくなかったのですか」
「船場君は、出版してすぐの、つまり何も実績がない状態での、訪問よりずっと話を聞いてもらえたと言っていた。
 32の公立図書館と26の大学図書館のホームページに掲載されていると言うと耳を傾けて聞かれるようになり、
 早稲田大学、お茶の水女子大学や名古屋大学やたくさんの大学にこのように置かれていますと言って、カーリルに
 掲載されている「こんにちは、ディケンズ先生」船場弘章著 近代文藝社刊の下に大学名が並んでいるのをプリント
 アウトしたものを見せると身を乗り出され、mr partner という雑誌の9月号に書評が掲載された話をすると彼の著作に
 興味を示された。そこでチラシ2枚と出版社が作成してくれたトピックスをお渡ししたと言っていた」
「それじゃー、成果はあったわけですね」
「いや、やっぱり。そういう言い方は正しくないな。一所懸命売り込んで、少し興味を持ってもらえたというところ
 だろう。それでもある本屋では、店長さんに、それじゃあ、あなたの話を文芸の担当者に伝えておきましょうと
 言われたり、別の本屋では、文芸の担当者に、それじゃあ、1冊注文しておきましょうと言われた時には、心に
 張りが出来たと言っていた。こういうふうに実績を積み重ねることが大事なんだ。最初の目標は30の書店だったが、
 26に終わったのを几帳面な船場君は残念がっていた。それでも充実した有意義な2日間だったと言っていた」
「そうですか。何か打ち込むことがあるというのは、すばらしいと思います」
「そう、そこでだ...」
「ま、また、何かをやるんですか」
「いや、何、君もディケンジアンの仲間入りをしてほしいということなんだ」
「ということは、ディケンズ・フェロウシップの秋季総会に出席するということですか」
「ははは、なぜ船場君が創造した架空の人物ふたりが公の集いに参加できるんだ」
「それもそうですね。じゃあ、何を」
「前にも言ったが、船場君は、ディケンズの小説の名場面を抜粋してプチ朗読用台本というものを作って、彼の
 ホームページに掲載していて、「ミコーバの爆発」「ピップの改心」「有頂天になったスクルージ」「エイミーの
 献身」「エスタの幸福」「オリヴァーの危機」「デイヴィッドの決心」をディケンズ愛好家の方に楽しんでいただける
 ようにしているが、田中君にもそれを朗読してほしいんだ」
「その朗読は橋本さんがするようにと船場さんに依頼されたのではなかったのですか」
「いや、田中君もプチ朗読用台本の朗読をすれば、ディケンズという小説家が今まで以上に好きになるだろうし、きっと
 船場君も君の心遣いに感謝することだろう」
「そうですか、それじゃー、まずは家に帰ったら、そのページに目を通すことにします」
「いや、まずは基礎体力からだ。朝起きたらすぐに背筋を3000回するように。それから週末は腿上げを5000回だ」
「......」