プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生230」
小川が帰宅して夕飯の仕度をしていると、桃香がヴァイオリンのレッスンを終えて帰って来た。
「お父さん、今日はどちらにするのかしら。カレーそれともシチュー」
「カレーだよ」
「やっぱりね。でも友達のお父さんのように料理教室に通って、他の料理もできるようになってくれれば...」
「そう思うから、たまにオリジナル料理を作っているじゃないか」
「でも、あれでは、栄養のバランスが無茶苦茶で塩分の取りすぎだわ。お酒の当てにはいいかもしれないけど」
「そうかなー、餃子風味のハンバーグ、シャケとネギを炒めてのせた和風スパゲッティや焼き鳥そばなんかは
お母さんも美味しいと言っていたけれど...。栄養のことや塩分のことは考えていなかったなあ」
「まあ、たまにはいいかもしれないけど...。ところで友さんが来週来るんでしょ。そろそろヴァイオリンの
個人レッスンをしてほしいなあ」
「まあ、しばらくはアンサンブルの指導で忙しいだろうから、桃香に教えるのは難しいだろう。今の先生にしっかり基礎を
習っておくことだ。そうして高校生か大学生になってから、彼に鍛えてもらうというのが...」
「それもそうね。わかったわ。あっ、お母さんが帰って来た」
「ただいま。いつもお世話になります。今日はカレーね」
「お母さんが言う通り、きょうはシーフードカレーにしたけれど...」
「したけれど、どうなったの」
「いやー、いいいかがなかったから、塩辛を洗って入れたんだ。いつものようだと物足りないと思ったんだ」
「あたしのは、いかを入れないでね」
「はいはい、ところで、お父さん、今日の午後はヴィオロンで相川さんへの手紙を書くと言ってたけど、居眠りして、
書けなかったということはなかったかしら。深美のことでお世話になっているんだから、感謝の気持ちはきちんと
伝えておかないと」
「いや、居眠りはしたけれど、起きるとアユミさんがご主人と一緒にいて、叱咤激励をしてくれたんだ。おかげで
手紙はもちろん、書くつもりがなかった小説まで書き上げてしまった」
「どうせ、ご主人が割って入って難を逃れたんだろうけれど...」
「ご主人はアユミさんにアトミック・ドロップをかけられて尾てい骨に衝撃があったようだが、すぐに立ち直って、
ふたり手をつないで一緒に帰って行ったよ」
「やっぱりアユミさん、お酒が入っていたのね。そうそう、そのご主人が私たちのために曲を作ってくださったのよ」
「多分、クラシックの名曲を編曲したものだろうな。でも、ご主人の多芸多才には頭が下がるよ」
「来週、ベンジャミンさんが来られるから、その時にお披露目できるようにと今日アンサンブルのメンバーとそれを
練習したんだけれど、乗りのよい楽しい曲なの。楽しみにしていてね」
「元の曲は何だい」
「今回は、モーツァルトの「魔笛」から夜の女王のアリア「復讐の心は地獄のように胸に燃え」を編曲してくださったのよ。
ご主人は、オペラ好きだから、これからもオペラのアリアの旋律を編曲すると言っていたわ」
「そうか、でもぼくとしては、「春の日の花と輝く」「グリーンスリーブス」「ロンドンデリーエア」のような有名な曲を
アンサンブル用に編曲して紹介してほしいな」
「それじゃあ、そういう希望があるってご主人に言っておくわ」