プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生232」

その日は日曜日であったが小川は午前中に会社の用事があったので、午後1時に秋子が勤務する音大の校門の
ところで、秋子、大川、アユミ、ベンジャミンと待ち合わせた。小川が行くとみんな小川を待っていた。
「ごめんごめん、待たせてしまったね」
「まだ、1時になっていないですよ。それより昼食はちゃんと取られましたか」
「ええ。ところで大川さん、秋子たちのために作曲をしてくださったと聞きましたが」
「いや、なに、モーツァルトの有名な曲を編曲しただけなんで...」
「ソウナンや、アンタは編曲がデキルんや」
「ええ、ぼくは他に独り二役でオペラのアリアが歌えるのですが...」
「あなた、それは宴会芸にすぎないんだから、ここでは披露しちゃ駄目よ」
そう言ってアユミが尻を抓ると大川は尻を反らせて飛び上がったが、すぐに平静を装って言った。
「当たり前じゃないか。ヴィオロンでの演奏会ではぼくはいつも3枚目の役をやるけど、ここでは後輩たちの目が
熱くぼくに注がれていることを知っている。だもんでぼくはみんなが驚くようなことしかやらないさ。でも...」
「でも...」
「トランポリンはこの前披露しなかったから、今日はやってもいいだろう」
「じゃあ、アンサンブルの練習の後でプロレス研究会の部室に行きましょう」
「それじゃあ遅いよ。伝説のトランポリンを今取ってくるから...」
「ち、ちょっと、大川さん」
「ふふふ、大川さん、張り切っているわね」
「ワタシもオオカワのトランポリンをミタイです。オオ、ハジマリマシタね」
大川は戻ってくるとすぐにトランポリンを始めたが、10分経っても一向に終えようとしないので、小川とベンジャミンは
アユミに視線を向けた。
「そうね、そろそろ、懲らしめてやらないと...」
そういうとアユミは大川がトランポリンに降りてまた上がるのを見るとすばやくトランポリンを脇にやり、その場所に
自分が入り、大川が落ちて来るのを待った。大川は気がつくとトランポリンがあるところにアユミがいて待ち構えて
いるので回転せずに頭から落ちて行った。小川は頭と頭がぶつかって大惨事になるかと思ったが、アユミがすばやく
大川の頭を躱すと胴体を抱きかかえ、そのまま頭部を膝頭にはさんで地面に打ち付けた。
「ぐぇーっ」
「オオ ワンダフル。デモ、オオカワはダイジョウブデスカ」
大川は頭部に擦り傷を作っていたが、ベンジャミンに微笑みかけた。
「いやー、ぼくは後輩たちの前でいいところを見せることができたので、満足しています」
「......」

秋子は楽器の準備ができると他のアンサンブルのメンバーに話しかけた。
「今日は私たちにオリジナルの曲をプレゼントしてくださった、大川さん、それから奥さんのアユミさん、ベンジャミンさん
もいらしてるから、みなさん、楽しくやりましょう。では先週少し練習した、大川さんの曲から始めましょう」
最初はアンサンブルのメンバーだけで大川の曲の演奏をしていたが、途中からアユミとベンジャミンも加わり、即興的に
メロディを付けた。