プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生235」

今書き終えたばかりの原稿をテーブルの上に置いて 、小川は呟いた。
「やっと1回分の原稿を書き上げたが、2週間かかってしまった。でも慣れればもう少し速くなるだろう。
 まだ時間があるから、もう一度読みなおしてから出社することにしよう。そして明日、相川さんに手紙と一緒に
 送ることにしよう」
そう言って小川は原稿を両手で持つと、黙読し始めた。

『「ははは、どうしてぼくにはじめくんが思っていることがわかったのかと思っているんだろ、違うかな」「そうです」
ぼくが真剣な表情で返事をすると、正直人さんはすぐに説明してくれた。「もしこれが同性の友人だったら、お互いの意見を
出し合ってどうするのが一番いいのか決めて行くと思うけど、異性のかわいい女の子だったらそうは思わないだろう。
まずいいところを見せて、好意を持ってほしいと願うんだ。そのためには目上の人に意見を求めたりする」「なるほど」
正直人さんは名前の通り正直な人だったので、思いがけない話までぼくに聞かせてくれた。「でも、はじめくんは女の子に
もてるんだね。ぼくなんかより」「いえいえ」ぼくが話を続けようとすると、正直人さんは本論に戻った。
「ところで『クリスマス・キャロル』を演劇用台本にするという話だけど大きな問題点があると思うんだ」
正直人さんはしばらく自分の机の引き出しを開けて眺めていたが、これこれと言って映画のパンフレットを取り出した。
「ぼくが中学生の時にこの『クリスマス・キャロル』のミュージカル映画が上映されていて見に行ったんだけど、1時間半ほどの
上演時間じゃなかったかしら」正直人さんは今度は本棚のところに行って、文庫本の『クリスマス・キャロル』を持ってきた。
「100ページ余りの中編小説なんだけど、これをもし朗読したとしたら、2、3時間はかかるだろう。このふたつのことから
なにか浮かんでくることがあるかな」正直人さんは新しくできた友人のためにとさらにヒントを与えてくれた。
「きみたちがする劇というのはそれと比較すると」「ずっとみじかいです」正直人さんは、そうだろと言って話を続けた。
「とすると、抜粋だけでは足りない。名場面をピックアップして間にあらすじをはさんで構成して行くか、朗読の部分と
劇の部分を組み合わせて芸術性の高いものにするかのどちらかだな」「げいじゅつ」正直人さんが急に輝いている太陽のように
見えたので、ぼくは思わず手を翳して頼りがいのある新しい友達を見た。「そう、芸術さ。どうせするなら後者を取るべきだ。
だけど中学生のきみが台本を一所懸命作ったとしても、朗読をする人や劇を演じる人が思い通りに動いてくれるかどうかなんだが」
「させます」正直人さんはしばらくぼくの顔を見ていたが、にっこり笑うと話を続けた。「よし、それが確認できたから、
次はどのような台本を作るかだが、わずかな時間でしかも朗読と劇共に充実した台本を作るとなるとこれは...」
ぼくが深刻な顔をすると正直人さんは、どんと胸を叩いて(しばらく咳き込んでいたけれど)まかせて、手伝うよと言ってくれた。
しばらく正直人さんは台所にある裸電球を睨んでいたが、「まずは、ぼくが案をつくってみるけど...。はじめくんは
『クリスマス・キャロル』を読んだことがあるのかな」「ありません」正直人さんは前に続いている道のりが長く険しいことが
分かり茫然自失の様子だったが、ぼくが、「なんとかなりますよ。ぼくたちが力を合わせれば」と言うと、「そうだね」と
右手を差し出したので、ぼくは心を込めて両手でその手を握りしめ、よろしくお願いしますと言った』

「でも、台本の内容をどうしたものか。また女友達から頼まれたからと言って、助っ人を頼んで台本を作るというのは
無理があるような気がする。それにその台本がボツにならずに文化祭で取り上げられる確率となると...。まあ、この辺りの
ことをどう思うか、相川さんに手紙で尋ねることにしよう。さあ、そろそろ、行くとするか」
小川は原稿用紙を鞄に入れると、支払いを済ませて喫茶店を出た。