プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生236」

小川はいつものように早朝に会社の近くの喫茶店にやって来たが、今日は小説を書く前に前日に届いた
相川からの手紙を読むことにした。
<相川さんはいつもすぐに返事をくれる。それに深美の近況まで報告してくれるのだから、ほんとうに
 ありがたいことだ>

小川弘士様
今年の夏は9月になっても終わらずに暑い日が続いていましたが、10月にはいるとめっきり秋めいて過ごしやすくなりました。
予報では10月末頃には寒気団がやって来て一気に寒くなると言うことなので、冬はもう近くに来ているのかもしれません。
ロンドンでは過ごしやすい日が続いていますが、小川さんの周りではどうでしょうか。
深美ちゃんの演奏会が先日開催され、私も行って来ました。深美ちゃんが通っている音楽学校で開催されたもので、有望な新人
のための激励も兼ねてのものでした。深美ちゃんは彼女が得意なモーツァルトの8番のピアノ・ソナタやベートーヴェンの
「テンペスト」「ワルトシュタイン」などを演奏しましたが、会場に来られた方の拍手がいつまでも鳴り止まないほどの
すばらしいものでした。深美ちゃんは学校が修了する来年までは定期的に学校内でコンサートを開催して、その後のことは今年の
年末に家に帰った時にご両親と相談すると言っていました。重心を日本国内に置くか、世界に置くかどちらかになると思いますが、
深美ちゃんの演奏を一度聞いたら誰もがそのすばらしさに魅了されるので、いずれは世界的に活躍されることになるでしょう。
小川さんの小説を読ませていただきました。新しい登場人物と主人公の会話。とても楽しいですね。ただ、同級生の女の子や
書店で親しくなった少年もたまには登場させて、複数の糸を縒り合わせて丈夫なものにするようにして物語に安定性を持たせる
のもいいかもしれません。また新しい登場人物を登場させるのも面白いかもしれません。今のところ私からあれこれ言うことは
必要なさそうですので、小川さんは遠慮せずにどんどん続きをお送り下さい。
小川さんはきっと平日は早朝から深夜まで忙しくされていることと思います。季節の変わり目ですので、体調管理には充分に
お気をつけください。                                       相川隆司
では、いつものように私の小説をお送りします。
『石山は課長の特訓から解放されて時間のゆとりができたので、久しぶりに故郷に帰って俊子に会おうと考えた。その日は
仕事をはやく終えたので、長らく連絡することができなかった俊子に電話を入れた。俊子が最初に電話に出たが、俊子は、母親が
用事があると言っているので代わると言った。「お母さん、どうされたのですか」「どうしたって、あんた、将来を誓い合った
大切な恋人をほったらかしにしておいて、ええと思っとるん」「でも、ぼくは仕事が忙しくて...」「なに、言うとるん。電話くらい、
すりゃーええじゃろーが。それであんた、恋人気取りでいようちゅーのは、ちょっと甘いんとちゃう」「お母さん、その名古屋弁か
大阪弁かわからないおしゃべりはやめて」「な、なにをするんや。でれーわるいおとこを懲らしめるんじゃけ。あんた、一体全体
どう思っとるん」「ぼ、ぼ、ぼくはただばたばたとじゃないどたばたと俊子さんとお会いしても、楽しくないだろうと。それに
電話だと顔が見られないし」「顔が見たいんなら、写真を電話のそばに貼っとけばええやんけ」「お母さん、品がないわよ」
「残念ながら、俊子さんの写真は持っていないんです」「ほんじゃー、自分で描いて貼っときゃーええじゃろ」「そんなー、
無茶は言わないでください。ぼくは俊子さんと会ってお話したいんです」「ほんなら、こうすりゃーええがな。明日家に来て、
写真を撮って帰りんしゃい」「わかりました。明日は祝日ですから、夜行バスでの行き帰りになりますが、お母さんから許可を
得たことですし、今から用意して午後11時の夜行バスに乗ることにします」「俊子、この人、ええ男やないの。
めちゃくちゃなところにほれたわ」「......」「......」』