プチ小説「青春の光34」
「は、橋本さん、どうしたんですか。警備室の天井は提灯と万国旗で一杯、床は胡蝶蘭とカトレアの花で
一杯で足の踏み場もないくらいじゃないですか。なにかいいことがあったんですか」
「そうなんだ、「こんにちは、ディケンズ先生」(船場弘章著 近代文藝社刊)のことでとてもいいことが
あったのさ。君も喜んでくれるね」
「ええ。で、どんないいことがあったんですか。近く重版が出るとかですか」
「いや、今のペースだと重版は5、6年先になるだろう」
「がくっ。じゃあ、ホームページに掲載してくださっている公立図書館と大学図書館の数が100になったとか」
「いや、それもまだだ。最近、東京、大阪、京都、さいたまの区立図書館などを40近く廻ったおかげで、合わせて
95になったが、100となるとなかなか ※」
「でも、本の売り上げも伸びていない。図書館のホームページ掲載はぼちぼちということだと、他にどんな
喜ばしいことがあるのか、さっぱりわからないなあ」
「じゃあ、ヒントを言ってあげよう。それはとても名誉なことなんだ」
「うーん、ぼくは船場さんが名誉を授かるというのが、とても想像できないので答えようがありません」
「そう思うだろ、だって彼は今までの人生で表彰されたということが皆無なのだから」
「そうだと思っていました。じゃあ、他のヒントをお願いします」
「田中君も知っているだろ、彼が本を出版してすぐにディケンズの愛好家団体ディケンズ・フェロウシップの会員に
してもらったことは」
「ええ、本を寄贈したところ、N大のM先生から、10月の秋季総会に来ませんかと誘われてK大に行き、すぐに会員に
入れてもらわれたというのは知っています」
「その来年の秋季総会で、何をさせてもらえるかということなんだが...。わかるかな」
「今年6月にW大で開催された春季総会の際に、W大のU先生が会場の前の書籍の特設コーナーに船場さん
の本を平積みにしてくださったそうです。来春も東京にある駒澤大学で開催されるので、同様に平積みして
いただけるのかとぼくは思ったんですが」
「そうだ、そうした先生方の暖かい心遣いに感謝の気持ちを持つことは大切だ。だが、それは正解ではない」
「わからないなあ。もう少しヒントをもらえませんか」
「船場君は本の出版後、ディケンズ・フェロウシップに小説やエッセイや朗読用台本をいくつか投稿していて、すぐに
ディケンズ・フェロウシップの新着情報に掲載してもらっているのだが、たぶんそのことが評価されて、あることを
依頼されたんだ」
「というと講演かなにかですか」
「そのとおり。今のところ、依頼があって船場君が来年の秋季総会で発表する予定ということしか言えないが、一生で一度の
名誉だと船場君は張り切っているよ」
「で、どんな内容になるんでしょうね」
「そりゃー、ディケンズの愛好家団体からの要請だから、彼がどうしてディケンズ・ファンになったかは知りたいところだろう。
それから「こんにちは、ディケンズ先生」を出版するに至った経緯とかも」
「なるほど。でも船場さん、あまり人前でしゃべったことがないでしょうから、当日はトマトのように赤面して
声を上擦らせて喋るんじゃないですか。ちょっと心配だな」
「その点は大丈夫さ。彼は仕事で50人ほどの人を前に数回話したことがあるから。当日は趣向を凝らして会場の人と
コミュニケーションを取りながら、楽しく話をすると言っていたよ。なにせ30分を予定しているのだから」
「人前で30分話すなんて、ぼくには無理だな。橋本さんもそうでしょ」
「そうだな、だから私なら最初の3分間話をして、あと27分は...」
「腹筋ですか」
「いや、それだけではない。いろんな趣向を凝らすつもりだ」
「と言うと」
「ロープで宙づりにしてもらって腹筋をしたり、氷柱を用意してもらって...」
「頭突きで割るんですね」
「いや、かき氷を配って、これからもよろしくと言ってまわるんだ」
「......」
※ 2012年12月29日現在、101(大学図書館 34 公立図書館 67)となりました。