プチ小説「たこちゃんの促進」

プロモート アセレラール ベシュロイニゲン というのは促進することだけれど、ぼくは昨年の秋に、一昨年10月に出版した自著、
「こんにちは、ディケンズ先生」船場弘章著 近代文藝社刊が少しでも売れるようにと東京、大阪市、京都市、さいたま市の
区の図書館を廻った。そのおかげでさらに28の公立図書館に受入してもらってより多くの人の目に触れるようになったんだ。
区の図書館では借りてくださる方が多いので今まで以上に知名度が上がって日の目を見る日もやって来るんではないかと
密かに期待を寄せている。もともと企画出版でないし流通するとはいえゼロからの出発だったので、無名の作家がどこまで
行けるかわからなかった。でも今は多くの人に支えられていることを実感している。出版するにあたり親友のKさんには
いろいろ相談に乗ってもらったし、近代文藝社の編集部、営業部の女性には大変お世話になった。出版後、すぐに愛好家団体
ディケンズ・フェロウシップへの入会を誘ってくださったN大のM先生にはその後、その愛好家団体のホームページの新着情報への
掲載をたくさんしてくださって本当にお世話になっている。日本支部長のK大のS先生やW大のU先生にもお世話になっているし、
初めて総会に出席した時に長時間ぼくの話を聞いてくださったS先生にも感謝している。今年の秋季総会では発表させていただける
予定になっているので、精一杯頑張ろうと思っている。そうしてそれを切っ掛けにしてより深くディケンズや
イギリス文学に深くかかわって行けたらいいなと思っている。昨年はディケンズ生誕200年であるのにいま一つ盛り上がら
なかったのは残念だったけれど、今年こそはぼくの小説が導火線になって、ディケンズの評価が爆発的に高くなるようにしたい。
そういうわけでここのところ図書館巡りに終始し時間もお金もそちらに注いでしまったが、駅前で客待ちをしている
スキンヘッドのタクシー運転手は年末年始はどのように過ごしたのだろうか、そこにいるから訊いてみよう。「こんにちは」
「オウ ブエノスディアス エステエスエルウニコカミーノケエデセギール」「そうですよね。お互い今は仕事を頑張る
しかないですよね」「え、それはちゃうんとちゃうちゃう」「なんとおっしゃいましたか」「え、それはちゃうんとちゃうちわわ」
「おもしろいですね」「なんで、そこで突き放すのん」「だって、いつまでも終わりそうになかったものですから。ところで
なんで仕事に頑張るのが駄目なんですか」「そうやったな、そのことやけど、確か船場はんはこの前会うた時に女の子と
ステディな関係になりたいと言っとったし、自著の宣伝活動にも勤しむと言っていたやんか。このことと仕事を両立させる
というのはむつかしいのとちゃう。今日も会うたらすぐに一緒にうさぎ跳びをしながら、彼女を口説く時のフレーズ、ベスト10を
伝授しようと思っとったんやのに拍子抜けしたわ」「そうですか、それは残念でしたね」「なんで、そんなんやのん。愛想の
あの字もない。はあ、わかったでぇぇえ」「何がわかったのですか」「なんでわしの話に乗ってけーへんかがや。船場はん、
あんた振られたんやろ」「いえ、勝算はあるつもりなのですが、なにせ、仕事が忙しいし、休日は本の売れ行きを伸ばすことで
頭が一杯で、つき合い始めることができたとしても、とても恋人に時間をつくってあげられないと思うんです。まさか休みの日に
一緒に公立図書館巡りをしてくれというわけにもいかないでしょう」「でも、あんた、もしあんたの本が爆発的に売れたら、
いつでも何十人という人が取り巻くことになるからプライベートな時間ちゅーのがなくなるのは覚悟しとかなあかんよ。今なら
恋人とふたりきりで歩いとっても何も言われへんけど、売れ出したら」「どうなるのですか」「さっきも言うたけど多くの人の
注目を浴びることになるし...。今のようにマイペースで仕事と趣味を両立させることがでけへんようになるやろな」「どうすれば
それを躱すことができますか」「そら今までも言うとるから、わかるやろ。うさぎ跳びとリヤカーごっこを毎日欠かさずにやることや」
「でも、中年の男がうさぎ跳びをしていたら目立って仕方がないんじゃないですか。それに取り巻く人をどうしたら...」
「そう思うやろ。そやからええこと考えたんやでー。これを掛けてうさぎ跳びをするんや」「それって、昔よく海水浴に持って行った
水中眼鏡じゃないですか。今時のならシュノーケルくらいはついていますよ」「これでええの。ちょっと掛けてみ」「ちょっと
きついなー。ぼくは人より頭がでかいと言われるので...。うーん、それにこれでは周りで何かあってもそちらを見ないと...」
「そうや、それでええんや。これやと視角が70度くらいになって、まわりのことがぜんぜん気にならんようになるから、
何があろうとせっせと筋トレに励めるんよ。よかったなぁー」「......」