プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生239」
アユミとその夫が家に帰ると、秋子は小川に気の毒そうに言った。
「アユミさんはとてもいい人なんだけれど、なぜいつも小川さんに辛く当たるのかしら」
「気にしなくていいよ。きっとアユミさんはぼくの尻を叩かないと、いいかげんにやり過ごしてしまうと
思っているんだろう」
「そんなことないと思うけど」
「ここはアユミさんが言う通りに大川さんご夫婦も一緒に深美の話を聞いてもらうことにしないか。どう思う」
「深美は1週間しかいないから、お父さんと話せるのは土曜日と日曜日くらいかな。水入らずで話さなくていいの」
「仕方ないじゃないか。生憎、仕事が忙しいから、平日は深夜まで仕事をしているだろうな。土曜日の午後に
大川さんご夫婦と一緒にレストランに行くことにしたら」
「そうだわ、相川さんと一緒に行ったレストランなら、ピアノが置いてあるわ。予約しておこうか」
「そうだね、それがいい」
小川が書斎に入り布団を敷いて横になると、1分も経たないうちにディケンズ先生が待つ夢の世界に入って行った。
「おや、今日は3人いるぞ。ディケンズ先生とピクウィック氏...。もう一人の女性は誰だろう。先生、その方は誰なんですか」
「こちらはミス・ベッツィ・トロットウッドだ」
「というと、ディヴィッド・コパフィールドの大伯母さんですね。その方がなぜここにおられるのですか」
「ピクウィック、お前から小川君に話してくれ」
「わかりました。小川さん、ぼくたちは小川さんが捲し立てる女性に物怖じしないためには、そう言う女性に慣れてもらうのが良い
と考えたんです。で、最後まで「リトル・ドリット」に出てくるフローラ・フィンチングか、「デイヴィッド・コパフィールド」
に出てくるベッツィ・トロットウッドにするか迷ったのです。フローラは捲し立てますが、強面ではありません。一方、大伯母は
強面でデイヴィッドのお母さんを怯えさせたくらいですし、悪の権化のマードストン姉弟を相手にして一歩も譲らないほど口が
達者なものですから、これに適任と考えたわけです。いかがです、小川さんも適任だと思うでしょう。それでは
ミス・ベッツィ・トロットウッドに捲し立てていただき...」
「や、止めてください。以後、注意しますので、お許しください」
「ピクウィック、小川君が反省しているようだから、ベッツィさんに退席してもらうように」
「そんなことを言っても、もう依頼してあるのですから、退席してくれなんて言うと私が叱られてしまいます。あっ、風で
帽子が......」
「小川君、ピクウィックが帽子を追いかけて退席してしまったから、あとはベッツィからのお説教を君ひとりで聞くんだ。
わかったね」
「そんなー、なんとかしてくださいよ。そうだ、先生も同席してください。そうしたら...」
「なぜ、私が自分が創造した小説の登場人物から説教されなきゃいけないんだ。おお、風向きが変わって、ピクウィックが
戻ってきたようだ。ここはあいつに頼むことにしよう。ピクウィック、ベッツィさんの話をよく聞いて上げるんだ。わかったな」
「え」
「ところで、先生、深美が帰って来たら、どうしたらいいでしょう」
「小川君、このシチュエーションを見せているのに君はまだ気づかないのか。ピクウィックが帽子を投げて帽子が上を向くか
下を向くかで...」
「あっ、思い出しました。結局、あの時は有給休暇を取って深美とじっくり話をする時間を作ったんだっけ」
「じゃあ、どうすればいいかはわかったね。では私は今から私の小説の登場人物が別の登場人物に説教されているところを
見ることにしよう。小川君、これは見物だ。一緒に行かないか」
「......」