プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生240」
翌朝、小川は秋子に、前に深美がロンドンから帰って来た時と同じように水曜日に有給休暇をとると話した。
「そうね、そうしていただくのがいいわ。きっと深美も喜ぶわ。だってピアノの演奏家としてこれからどうするか
悩んでいる17才の少女に、食事をしながら、頑張ってねだけでは...」
「でも、どんなことを話したらいいのかなぁ」
「深美の話を聞いて、できることをしてあげたらいいと思うわ。それと会って話して、悩みがないか確認しないと。
手紙ではわからないことがたくさんあると思う。だって、手紙は書いた後でいらないところを抹消できるんですもの」
「よくわかったよ。これからもいつもの喫茶店には行くけど、しばらくは小説を書くのはやめて深美とどう接するかを
考えるよ」
「そうね、それはとてもいい考えだと思うわ」
いつもの喫茶店に入って席に着くと小川はノートを取り出した。
<自分の言いたいことをここに書いておくと本番に生かせるんだ。そうだ、深美が一番親しくしていた人のことを尋ねるのも
いいかもしれない。先生だと、本当に音楽の勉強ばかりしていたんだなということになるし、同年代の女の子という
ことだったら、結構休日は遊んでいたのかなということになるし、それが相川さんだったら...。おや、あれはいつもの
スキンヘッドの運転手じゃないか。いつものように同僚を連れている>
「君たち、今日は前回お話が中途で終わってしもた、「ディヴィッド・コパフィールド」について話したるでぇぇ」
「中途も何も、その前に書いた「憑かれた男」の話をしただけやったやんか」
「おお、そうやったな。今日は脱線せんと、しっかり話したるから」
「で、どんな話やのん」
「今日は脇役の脇役について考えるというお題で話そかと思うとる。誰のことかわかるか」
「うーん、そやな。ユライヤ・ヒープの悪行を暴く時に活躍する、トミー・トラドルズなんか、どや」
「残念やなー、はずれや。トラドルズはただの脇役やな」
「わしら、そんなにゆっくりしてられへん。早いとこ、正解を言うたらどないや」
「おお、そうやな、主人公デイヴィッドの脇役が大伯母ベッツィ・トロットウッドやとしたら、ベッツィの脇役ちゅーのは、
ミスター・ディックちゅーのが、わし、独自の解釈や」
「あんた、最初から自分の独断で言うとるとちゅーたら、わしら、ほうでっかとしか言いようがないやろ」
「まあ、今からわしが言うことを聞いたら、なるほど、あんたの言うのはおおとると言うはずや」
「そう思うんやったら、はよ言いなさい。聞いたるから」
「ミスター・ディックはベッツィから、「どうしたらよろしいのかしら」と尋ねられて、おもろいことを言うとる。
「私なら、お風呂に入れますね」「そうですね、どうしますか ー ベッドに寝かせましょうか」「すぐに新しい服の
寸法をとらせてはいかがですか」と。そやけどこれは的確なアドヴァイスなんや。冷静な大伯母が熱くなった時に
ふだんはぼんやりしている人物が、しゃきっとした冷静な判断をして頑固な大伯母も納得させるんやから、大したもんや」
「なるほどなぁ、あんたはそんなところが脇役の脇役らしいところと言いたいんやな」
「そう言うこっちゃ。で、今日のわしの講義はこれで終わりや。さっ、仕事、仕事」
<さ、ぼくもそろそろ仕事に行くとしよう。でも、スキンヘッドのタクシー運転手の言うことも何かの参考になるかもしれないから、
ノートに書き留めておこう>