プチ小説「なぜ彼は天体観測をあきらめたのか」
「今日はいろいろ見せてもらった。木星、土星それにアンドロメダ大星雲」
「楽しんでもらえてよかった」
「で、今度はいつ...」
「10センチの屈折望遠鏡で見る星空はどうだった。特にこの望遠鏡のレンズはフローライトで明るく、シャープに
見えたと思う」
「で、来週当たり...」
「彗星を望遠鏡で見たいと思って、購入することにしたけど結局間に合わなかった。発注生産だったんだ。望遠鏡を
手に入れるまで4ヶ月待たねばならなかった。手に入れた頃、彗星は地球から遠く離れ、2等星くらいの大きさに
なっていた。それで、それからしばらくして皆既月食があるのを楽しみにして、しばらくは月、木星、土星などを
見ることにしたんだ。同時に星雲、星団についてもたくさんの本を読んだ」
「で...」
「今日、君に楽しんでもらうために夜の8時頃から準備を初めて、君に見てもらえたのは午後11時近くになって
からだ。最初は、木星、土星を見てもらっていて、アンドロメダが東の空に上がって見えるようになったのは
午前2時になってからだ。星雲、星団が見える時期は決まっていて、しかも高槻の明るい夜空で見られるのは
限られている。快晴でなければ楽しめないということはないけど、雲があると不安な気持ちになる。以前、突然
雨が降り出して、急いで機材を取り込むことになった。親に無理を言って、実家の家の上に屋根のない櫓を作って
もらったけれど、きしむ音がしたりして近所に迷惑をかけているんじゃないかと思う。君はアンドロメダを見てどう思った」
「うーん、想像していたものとずいぶん違った」
「そうさ、中心の明るい部分がぼんやりと見えるだけさ。写真で見るのは、長時間露光で写したもので、肉眼で見るものとは
全然違うものなんだ」
「...」
「趣味っていえば、道楽であり、それなりに夢中になれば、楽しめるものなのだが、天体観測は少し違うように思うんだ。
天候、空の明るさ(暗さ)、季節の巡り合わせ、機材などの条件が満たされた上で天体について充分な知識が必要だ。
さらにその上膨大な時間が必要だ。とても他の趣味の片手間にできるようなものではない」
「...」
「そう思ったら、気が楽になってね。今日は10年ぶりに望遠鏡を覗いたけど、次はいつになるかはわからない。さっき
言ったいくつかの条件を満たした上で、ぼくが見たいという気持ちにならなければ...。そうがっかりするなよ。
あと1回くらいは見せてあげるから」
東の空が白み始めた。時計を見ると午前5時になっていた。
「今日、仕事と言っていたけど本当に大丈夫?しばらく横になってから、出勤したほうがいいよ」
「そうするよ」