プチ小説「青春の光35」

「は、橋本さん、どうされたのですか」
「やあ、田中君...」
「元気がないですねぇ。どうしましたか」
「いや、こう寒い日が続いては、どうにもこうにも行かなくなってしまって」
「そう言えば、最近は暖冬が続いていましたから、この寒さは確かにこたえますよね」
「そうなんだ。ここのところ毎日のように最低気温が2度なんだ。せめて3日に一度くらいは6度になっても
 良さそうなものなのに」
「でも、筋肉隆々の橋本さんが寒さに弱いなんて、意外だな。寒稽古なんか、されないんですか」
「そりゃー、するさ。でも、その時は覚悟して望むから、長い時間じゃないから、耐えられるんだ。
 でも、こう毎日が寒いと弱音を吐いてしまうんだ」
「そう言うときは船場さんのことを思い出したら、どうですかね」
「うーん、そうだな。船場弘章はもう過去の人になってしまったが...」
「そんなことを言っていいんですか」
「彼は自著の売り上げが伸びないのに、いろいろ努力していたことは褒めてあげてもいいと思うな」
「船場さんが怒りますよ」
「彼は全然本が売れないのに本当に頑張った。休日は出る見込みが全然ないのに「こんにちは、ディケンズ先生」
 (船場弘章著 近代文藝社刊)の続編を書いたり、寒風や大雨の中、図書館巡りをした。続編は既に3巻まで出版
 できるまでの原稿ができている。訪ねた公立図書館の数も110以上になる。それなのに一向に売れないのだよ。
 かわいそうに。ううっ」
「まあ、そんな悲観的にならないで下さい。橋本さんは、船場さんはなんなりと喜びを見つけて頑張っている
 と仰っていたじゃないですか」
「そうだったかな」
「ディケンズ・フェロウシップの会員の方々や出版を通じて知り合いになった方と手紙やメールでやりとりすることは
 楽しいと言われているでしょ。それから図書館に入れていただいた本を誰かが楽しんで読んでおられると考えたら、
 それだけでも本を出版してよかったということになるんではないですか」
「そう言えば、船場君が出版すると言った時に家族や職場の人は全く相手にされないだろうと言っていたのが、少し
 痕跡を残せそうだということになると態度がほんの少し変わったとも言っていたな。なんの取り柄もなかったぼくを
 世間が少し認めてくれた気がするんですと言っていたなあ」
「そういうちょっとした喜びがいつまでも続くと言うのは、その人の生き甲斐になるんじゃないですか」
「確かにそうだな。それに船場君は1月26日にクラリネットの発表会があって練習しないといけないから、今は図書館巡りが
 できないと言ってているが、2月か3月には名古屋の14の区のそして千葉の6つの区の図書館巡りをしようと考えている
 ようだ。まあベストセラーは夢に終わるかもしれないが、案外、駄目で元々で頑張っているのかもしれないな。田中君の
 言う通りだよ。なんか船場君のシャドウボクシングの話を聞いて来たら、こっちまで身体を目一杯動かしたくなって来たよ。
 たとえ報われなくても、誰かが努力する姿を見てくれている。それだけでいいじゃないか」
「確かにそうですよね」