プチ小説「青春の光36」

「は、橋本さん、どうされたのですか」
「やあ、田中君、実は船場君からもらったCDRを聴いているんだ」
「何が入っているんですか」
「2月9日に東京阿佐ヶ谷の名曲喫茶ヴィオロンで定期的に行なわれるA先生の朗読会があったのだが、
 その時に船場君が自身のホームページに掲載していて、ディケンズ・フェロウシップの新着情報でも
 紹介されているプチ朗読用台本「ミコーバの爆発」が読まれたんだ。それを録音したものさ」
「ふーん、そうなんですか。でも、A先生はK大学の名誉教授でイギリス文学がご専門だけれど、研究の中心にあるのは
 シェークスピアなんでしょ」
「確かにそうだが、A先生は以前からディケンズの著作を朗読会で取り上げたり、昨年に出版された「ディケンズ 朗読
 短篇選集2」にはご自身が翻訳された「ヨークシャー学校のニコラス・ニクルビー」が掲載されている。ディケンズ関連の
 活動や著述もされているんだ」
「でも、不思議だなあ、それほど偉大な先生と大阪で事務の仕事を20年余り続けていて突然文豪ディケンズが
 主人公の夢の中に出てくるという小説を書いただけの船場さんとどういう繋がりがあるのですか」
「船場君が2007年6月17日に第21回のLPレコードコンサートを名曲喫茶ヴィオロンで開催した時に、
 メンデルスゾーンの音楽のファンのA先生が来場されたんだ。その時はペーター・マークがロンドン交響楽団を
 指揮してスコットランド交響曲、序曲フィンガルの洞窟、劇音楽「真夏の夜の夢」等のレコードを掛けたようだが、
 その後も数回、船場君が主催するLPレコードコンサートにA先生は来られたそうだ。それに...」
「まだ何かあるんですか」
「船場君は2011年10月に「こんにちは、ディケンズ先生」船場弘章著 近代文藝社刊 を著したが、それと
 長年にわたって名曲喫茶ヴィオロンでのLPレコードコンサートをしていることが評価されて、山茶花クラブ代表
 でもあるA先生とヴィオロンのマスターからヴィオロン音盤文化賞をいただいたんだ」
「なるほど、そういうことがあったから、A先生が船場さんのホームページかディケンズ・フェロウシップの新着情報で
 プチ朗読用台本「ミコーバの爆発」を見て、これは面白い。朗読会で取り上げようと思われたわけですね」
「まさか、お忙しいA先生が船場君のホームページを見ることはないよ。船場君は昨年6月のLPレコードコンサートの際に
 プリントアウトしたプチ朗読用台本「ミコーバの爆発」を予てからA先生と親交があるヴィオロンのマスターに朗読会の
 演目に入れていただくよう伝えて下さいとお願いしたんだ。昨年の秋にA先生から船場君に連絡があり、2013年の
 朗読会であなたの原稿を読みましょうと言って下さったんだ。その後、昨年12月のLPレコードコンサートにA先生は
 来て下さり、船場君に、2月の朗読会で読みますよと言われた。それで船場君は2月9日のA先生の朗読会の聴衆となり、
 A先生の許可を得て録音させてもらったんだ。今聴いているのだが、A先生は以前ラジオの仕事もされており、
 とてもよい声をされている。それに何より、A先生のやさしい心が語りに滲み出ているので、誰もがA先生の朗読に好印象を
 持つことだろう」
「でも、それがごく一部の人にしか聴かれなかったというのは残念なことですね」
「でも続きがあるんだよ。6月にもプチ朗読用台本を読むとA先生が言われていて、来年までは何回か読ませてもらうと船場君に
 言われているそうだ。それからプチ朗読用台本は今のところ7つだが、船場君はA先生やディケンズ・フェロウシップの
 大学の先生方にもっと書くようにと励まされるので、14の長編小説すべてのプチ朗読用台本を完成させたいと考えるように
 なったと言っていた。そうだとすると、今後は船場君が書いたプチ朗読用台本の朗読を聴ける機会が増えるかもしれない」
「そうなんですね。だったら、橋本さんも船場さんのためにそろそろどこかで朗読会を開催するのがよろしいんじゃないですか」
「いやー、A先生の朗読を聴くと、とても私なんかと思ってしまう。だって、40分ほどかけての朗読であるのに、ほとんど
 つまることがないし力強い、主人公デイヴィッド、ミコーバ、トラドルズ、伯母、ヒープ、ヒープの母の声を巧みに使い分け
 られるのだから、物凄いとしか言いようがない」
「そりゃー、朗読の大先生と同じようには行きませんよ。橋本さんは自分の個性を全面に押し出して朗読すればいいんですよ。
 でも、真面目な話をしているんだから、ロープで逆さ吊りになって朗読するなんて言わないで下さいね。それから腹話術の
 人形のような声で朗読するのも止めて下さいね」
「......」