プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生248」
小川は相川が書いた小説を読むと、しばらく感慨に耽った。
「それにしても、この小説の主人公の明るさと忍耐強さはなんだろう。ちょっと待てよ。これは...。なんだったかな...。
えーっと、そうだ!昔のアメリカのアニメーション、「ポパイ」や「トムとジェリー」がこんなんだったような...。
ポパイがブルートにやられても、トムがジェリーにやられてもすぐに立ち直るように石山も課長や俊子のお母さんに
打ちのめされても起き上がり小法師のようにすぐに起き直る。ぼくらの世代の人の多くにこんな傾向があるけれど、
それは取りも直さず、何度もテレビで再放送を見ているうちに深層に刷り込まれたということが言えるかもしれない。
ディケンズ先生の小説の中では、『デイヴィッド・コパフィールド』のミコーバ氏がこういう人物といえるかもしれない。
でも相川さんはただ石山という主人公が艱難辛苦を乗り越えて栄光を掴むところをぼくに読ませて、励ましてくれようと
しているんだろうな。そうだ、今日は仕事をはやく切り上げて、秋子さんと一緒に大川さんの家を訪ねることにしよう。
相川さんの言うとおりだったら、アユミさんとの仲直りも可能だろう」
小川が午後7時過ぎに帰宅すると、秋子はすぐに玄関にやって来て小川に声を掛けた。
「お帰りなさい」
「ただいま。ちょうど良かった。夕食の前にちょっと大川さんの家に行きたいんだけど、いいかな」
「ええ、だけど、やっぱり、アユミさんが言うとおりになったわ」
「そ、それって、どういうこと」
「アユミさんと昨日会ったんだけど、アユミさんってもやもやしたことが嫌いな性格だから、小川さんと元どおりの
仲良しになれるように仲裁してほしいって相川さんに手紙を書いたの。それが2週間前だって言っていたから、昨日
届いた相川さんから小川さんへの手紙にはそのことが...」
「なるほどね。元どおりの仲良しか。なら、話は早いね。早速出かけることにしよう」
「ええ、でもご主人は仕事で遅くなるって言っていたけど...」
「やっぱり、ごはんを食べてからにしよう」
午後9時頃に小川と秋子が大川の家を訪れ玄関の呼鈴を鳴らすと、しばらくして大川が鉄扉を開けた。
「やあ、お二人お揃いですね。ぼくはさっき帰宅したんですが、アユミは7時頃から小川さんが来るんじゃないかと
待ち続けていたようです」
「待ち続けていたんですか...」
「それでも、裕美と音弥が起きている間は小川さんのことはあまり考えなかったようです」
「あまり考えなかったんですか」
「ですが、子どもたちが寝室に行くと...」
「どうなりましたか」
「お酒を飲みながら、この前のことを反芻することにしたようです」
「で、どうなったんですか。おおーっ」
大川の後ろからアユミが突然現れたかと思うと、アユミは右手で小川の襟首を掴んでそのままビールのジョッキを
あげるようにした。
「あんた、この前はよくも...」
小川は想定できる範囲内の出来事だったので、落ちついて発言した。
「こんばんは、アユミさん。秋子から、元どおりに仲良しでいたいって聞いて来たのに、これが仲良しなのかな」
「いいえ、そんなつもりじゃ...」
アユミは小川の言葉で正気に戻ったが、右腕に充塡されたエネルギーを放出する場に困り、側にいた夫の鳩尾に
パンチを入れることで解消した。
「ぐえーっ」