プチ小説「耳に馴染んだ懐かしい音2」           

二郎が大丸京都店の裏にある広場に通りかかると、音楽時計が午前11時を告げた。
<冬の星座か、キーボードで演奏しているんだろうけれど、ハンドベルみたいな音がして
 すてきだな。確かこの曲はアメリカ人のヘイスと言う人が作曲した曲だったな。
 「モリー・ダーリン」という曲をカントリーシンガーが歌っているのを聞いたことがある。
 今日は森下さんのおばちゃんが発表会に来てと言うんで、京都文化博物館別館に行くけど、
 ここからどのくらいかかるんだろう>
しばらくして二郎は発表会の会場に着いたが、観客席を見るとすでにおばちゃんは来ていて、
二郎が来てくれたのに気付いてうれしそうに手を振った。最初はひとりでいたが、やがて
共演者の人たちがおばちゃんの周りに集まり、開演の時間も迫って来た。二郎は演奏の時間が迫って
来るにつれておばちゃんの顔がだんだんこわばって行くような気がしたので、おばちゃんに
緊張をほぐすジェスチャーをするとか励ましの言葉を掛けてあげたかったが、最初のグループの
演奏が終わるとおばちゃんはずっと俯いたままで共演者と共に観客席を出て控え室へと向かった。

おばちゃんの演奏は7番目で、7人での演奏だった。最初の曲はアップテンポの曲だったが、
観客席の最後列から見ても明らかにおばちゃんの手が震えているのが見えた。口元も震えて安定して音が
出せず時に「ピー」という音や「プッ」という楽譜にない音が心ならずも何度も出て、苦心しながら
演奏していた。それでも2曲目はスローテンポの曲で会場の雰囲気にも慣れたのか、そつなく演奏を終えた。

「二郎君が来てくれたのだから、いいところを見せたかったんだけど...。残念だったわ」
「そんなことはないです。だって、音楽教室に通い始めて1年もしないうちに人前で演奏できるなんて
 すごいじゃないですか。まずはそんな機会を与えてくれた先生や音楽教室の人たちに感謝しないと。
 演奏は上手にできればそれにこしたことはないけれど...」  
「そうね、私も発表会のためにずいぶん練習したわ。今日も家を出る前に1時間程練習したのよ。だから結果が
 どうであれ、心残りはないと思っていたの。晴れ舞台で結果を出せなかったけれど、まだまだチャンスは
 いくらでもあるし、これからも頑張って行くつもりよ」
「おばちゃんがあまり上手くなりすぎるとあの懐かしい音に聞かれなくなってしまう気がするので、ほどほどにして下さいね」
と二郎が言うとおばちゃんは、
「そんなことを言うんだったら、今度から発表会の会場に入れさせないから」
と言って真剣に怒った顔をしたが、すぐに表情を崩した。