プチ小説「たこちゃんの食欲」
エピタイト アペチット アペチット は食欲のことだけど、最近ぼくは槍ヶ岳や穂高への登山をやめてしまったため、トレーニングで
登っていた比良山に行くのもやめてしまった。その結果、エネルギーが蓄積されすぎてお相撲さんの着ぐるみを着ているような身体に
なってしまった。腰痛予防のため、腹筋と背筋はきっちりとしているが、それ以外は鍛えていないので3年前の面影は消失してしまった。
お腹のところだけは6つに割れているが、他のところは大福餅のようにもち肌の柔らかなふくらみのある外観になってしまった。
山登りをしないのなら節制して、太らないようにすればよいのだが、以前、人間はブドウ糖(糖分)を燃焼させて思考するということを
聞いたことがあり、ない知恵をしぼって小説のネタを考えるぼくにとっては甘いものは欠かせないんだ。糖分を取るために手っ取り早い
のは飴だが、以前食べ過ぎて血糖値が上がり気分が悪くなったことがあるので、代わりにクッキーや甘い煎餅を食べることが多くなった。
間食を取るのだから3度の食事を少なめにすればよさそうなものだが、相変わらず一度の食事で、焼きそばを3人前食べたり、3玉入った
焼きうどんを食べたり、餃子を4人前食べたり、カレーの大盛りを2杯食べたりしている。駅前で客待ちをしている
スキンヘッドのタクシー運転手は、キラーカーンのように体格がいいが、いつもどんなものを食べているのだろう。そこにいるから
訊いてみよう。「こんにちは」「オウ ブエノスディアス テンゴブエンアベチット」「そうかもしれませんが、ぼくの場合、
おいしそうな食べ物があると手が伸びてしまうんです。それに甘いものは小説を書くための燃料になるんですよ」「船場はん、そんなこと
言うて、いつまでも好きなだけ食べてたら...」「どうなるのですか」「まあ、一生、結婚出来んやろな」「ええっ、それは困ります。
でも、余り関係ないような気もしますが」「何言うてるのん。今のあんたの体型、最初に会った時の見る影ないでぇ」「そうですか。
ズボンもシャツも去年と同じサイズのものを着ていますし...」「ええか、船場はん、あんたのお腹はどう見たって、10センチは
せり出しとる。ズボンは無理してはけるかもしれへんけど、半袖シャツはお腹にはり付いとるやん。そんな男を好きになる女の人が
おったら、お目にかかりたいわ」「そうですか...」「まあ、そんな悲しい顔をせんと、あんたの小説「こんにちは、ディケンズ先生」
船場弘章著 近代文藝社刊の話でもしてちょうだい」「わかりました。現在、114の公立図書館と61の大学図書館に受け入れて
いただいています。最近では、小樽と札幌と仙台の図書館が...」「そうかそっちの方は地道に頑張っとるんやな。で、実際、女の子の方は
どうなんや」「............」「やはりそうか。そんなに太ってたら、そらあかんわな。そう言うわけで、彼女を口説く時のフレーズ、
ベスト10の発表もしばらくはお預けやな」「そんな、出し惜しみをしないでください」「あかんの。なんでちゅーたら、フレーズ
というものはいつまでも内に秘めておくものとちゃうから。言葉ちゅーのは、発してすぐの生きのいいのを使わんとあかんのよ」
「たこ焼きよりあなたの方が好きですってフレーズがですか」「そうやで」「まさか」「よーし、そこまで信用でけへんのやったら、
一回やってみよか。方法としてはこうするんや。『あのー、××子さん、あなたなにが好きですか』『まあ、船場さんたら、薮から棒に、
でも、私は「津軽海峡冬景色」が好きよ』『そうですか。ぼくは「津軽海峡冬景色」も好きですが、あなたの方がもっと好きです』
『なんのこっちゃ。もういっぺん言ってください』『何度でも言います。「津軽海峡冬景色」よりもあなたの方が...』
『もう一度チャンスをあげるから、出直して来なさい』てな感じや」「それで、口説けたのでしょうか」「そんなん、1回や2回で
うまく行く思うてたら、大間違いやで、要はきっかけがつかめるかどうかなんや。 まずは相手の心を掴むことや。 この人、変なこと
言わはるけど、面白いから気に入ったわと思わせたら、勝ちなんや」「そうですか。それが目的なんですね」「そうや。そやけどな、
その体型やったら、誰も見向きもせんやろから、まずは体型を元に戻すことから始めよか。今からうさぎ跳びとリヤカーごっこをするでぇ」
そう言って、鼻田さんがぼくの足を持ち上げてリヤカーごっこをはじめたので、かんかん照りの太陽の光が降り注ぐ阪急A駅前で
ぼくたちは一汗かいたのだった。