プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生253」

小川と秋子は、器用に割り箸を使ってざるそばを食べている、ベンジャミンを笑顔で見ていた。
「ベンジャミンさんも、20年くらいですか。来日してから」
「ソウ言えば、アキコはオガワとシンミツに交際を始めたのが20年ほど前と言っていたね。ワタシはここへ来て15年になるかな」
「ベンジャミンさんは、昔から日本という国に興味を持っていたのかしら」
「ソレハまちがいアリマセン。でも、最初の頃は日本人の優柔不断なセイカクにはなじめませんデシタ。そのことに将来が、今の生活が、
 そして自分の面目がかかっているのにのんきににこにこして自分からススンデ意見を言わない。それに慣れるのにタイヘン時間が
 かかりました」
「そうかしら。わたしは日本人は勤勉で物事にまじめに取り組んでいるし、必要な時には進んで意見を言うと考えているけど」
「サイキンではミヂカなところでありました...」
「最近、そういうことがあったんだって。どんなことだろう。......。それって、ぼくのことではないですね」
「オマエのことやがな。ムスメが一直線に大ピアニストになろうとしているちゅーのに、いらんことしよってからに」
「それはちがいます。あれは深美が、さらに優れたピアニストになるために他の世界も見たいと言ったので、力になってやった
 だけですよ。本人の意志を尊重した結果ですよ」
「最初はソンな日本人の優柔不断さがキライでしたが、それは日本人の相手をいたわる気持や相手の意見を尊重する気持やなにより相手と
 仲良くしたいという気持から、生じていることがワカリました。スルト、日本人の見方が180ドテンカンしたのでした。ワタシは
 ニッポンという国が好きだから、一生この国にいて、この国の人たちとナカヨクやっていくことでしょう。オガワはそんなワタシが
 描いている日本人のチョーティピカルな例で、コイツとはこれからもずっとオツキアイしたいですね」
「まあ、ベンジャミンさんが何と言われようと、ぼくはこれからもベンジャミンさんとの親交を持ち続けるつもりですから」
そう言って、小川が何気なく店内にある何年も使用していない14インチの白黒テレビを見ると、突然スイッチが入りディケンズ先生の
姿が映し出された。ディケンズ先生はにっこり笑って右手にお辞儀をさせると、すぐにスイッチが切れて画面はもとの通りに暗くなった。
「そうか、オマエ、よう言うてくれた。オマエとワタシはこれからもシンユーやで、ううっ。ほな、そろそろホンロンに入るワ」
「多分、ベンジャミンさんは桃香のことを言いたいのではないかしら。名古屋のベンジャミンさんが教鞭を執っている学校で勉強してはと」
「流石、アキコはスルドイ。そう、ワタシは深美ちゃんが戻ってきたので、ヨイ機会だと思っとるん」
「そんな、突然、言われても...。第一桃香はまだ中学2年生ですよ。独り住まいさせるわけにいかないし、大阪や京都なら親戚が
 いるのでなんとかなりますが、名古屋には親戚はいないんですから」
「ワタシがおるから、心配はいらん。かみさんにもオーケーとっとるし」
「でも、3年生から編入はできないでしょう。やはり高一になるまで待たないと」
「いや、ワタシは理事長と仲がヨイから、有望な中学生がおるから附属中学の3年に編入させてと頼むことは難しくはアリマセン」
「秋子さん、どう思う」
「最後は本人次第だけれど、わたしは賛成。桃香もヴァイオリン演奏に真面目に取り組んでいるから、上達も早いと思うわ。
 それにベンジャミンさんという大先生が近くにいて毎日指導してくださるのだから...」
「ほな、よろしーね。明日の練習が終わったら、オガワのウチにおじゃまして桃香ちゃんに説明させてもらうから」
「でも、授業料がかかるのではないですか。それに生活費だって馬鹿にならないだろう」
「オウ、オガワへの返事のために、よいことわざがアリマスが、ワカリマスか」
「多分、案ずるより産むが易いじゃないかしら」
「ソノトオリです」