プチ小説「いちびりのおっさんのぷち話 社会の窓編」

こんなことを言うても誰も信じてくれへんねんけど、わしは会社で礼儀作法を指導する部署におるんや。そやからなー、わしはなー
エラいことはないんやけど、エラそうにしとる。
ある日、わしが社長の部屋で最近の若いやつはなっとりまへんなと話していたら、突然、向かいの窓の外の電線にハトが1羽とまりよって、
間欠的にフンを出し始めよった。わしは律儀な男やから、当然、はははははははははははははははははははははははははははっと笑うた。
するとすかさず社長が、いちびりさんは礼儀作法を弁えた人やから、きっと講演でも若い人が感動するようないい話をしてくれるでしょう
と言いよった。わしはハトが豆鉄砲喰らったように落ち着かん様子できょときょとしとったが、そばにいたわしの上司もすかさず、
そうですね、彼に一度やらしてみましょうと言いよった。わしは忘年会の司会は毎年やっとるが、人前で真面目な話をするのは苦手や。
第一、根っからの大阪人やから、標準語が話せん。上司が、いちびり君、やってくれるねと言いよったから、わしは、謹んでお受けします
と答えてしもうた。家に帰ってから、同僚で、「こんにちは、ディケンズ先生」という小説を書いた船場弘章に、どないしたらええか
きいてみた。そしたら船場は、にいさん、そんなん簡単なことです。まず、テーマを決めましょう。そうや、こんなんはどうでしょう。
あいさつは社会の窓を開きます。あなたも自分の手で窓を開いてください。こういう意味深な表現がオーディエンスには受けるんです。
あとはそれに枝葉をつければ、できあがりですと言いよった。わしは、よしわかった。それでいこ。ぶっつけ本番で行くからなと言うたら、
船場は、ぼくが台本を作っときますと言いよった。
今日は待ちに待ったわしの講演会の日なんやが、なんや知らんが大勢の社員が会社のホールに集まりよった。わしは船場から、きのう
原稿をもろたんやが、その時に船場は言いよった。にいさんはなにがあっても動じない人だとは思いますが、もし200人近くの人が
会場にきたら、きっと緊張しはると思います。胸の当たりに重圧がかかってきて、5分すれば声を出すのも四苦八苦にならはるでしょう。
そやからスクリーンにぼくが用意したスライドを映してもろうて、この7段式の指示棒で5分ごとにスライドを示して、わかりましたね、
あいさつは社会の窓ですよ、とか、社会の窓を開くのはあなたですよと言うてください。わたしは、最前列で、不都合が起こらないか、
見てますから、にいさんは安心してしゃべりまくってくださいと言いよった。上司から、今日は、みなさんもよく知っている、いちびり
さんが、あいさつは社会の窓というタイトルで講演をしてくださいます。よろしくおねがいしますと紹介され、わしは講演を
始めた。ところがや、5分ごとに演題を離れて、スクリーンの前に立つとクスクス笑い声がしたり、「お手本」という言葉が
飛び交ったりし出した。わしがへんやなと思うて、それとなく船場の顔を伺うと、船場は急に立ちあがってズボンのチャックを
上げたり下げたりする仕草をしよった。そこでや、わしは急がず、騒がず、慌てずに自分の股間を見たが、思うた通り、開いとった。
上げ忘れたんやったらまだよかったんやけど、チャックのつかむところが上に上がってぱっくりひらいてたんで、壊れてるのがわかった。
しゃーないから、ワイシャツの先っぽのところをそこから出して、下着が見えんようにした、それから演台にもどって最後の
数行を語り始めた。そういうことで、社会の窓は自らが開くのが大切です。今日のわしみたいに、勝手に開いたら、そら、あんた、
エラい目に遭いまっせ。それから若い人に贈りたいのは、社会の窓が壊れて開かへんでも、無理に開けようとしてはいけません。潤滑油を
塗るなどして、滑りやすくしなければなりません。その場合、スボンが少し汚れても恥ずかしくはありませんが、壊れて全開になると
もう取り返しがつきません。皆さんも社会に出るとひどい目に遭うこともあるでしょう。そんな時は今日の私を思い出して、
はははははははははっと笑って、つらい気持をやり過ごしてください。では、またお会いしましょう。シーユー。
そうしたら、聴衆のひとりがやにわに立ちあがって、ブラボー、アンコール、アンコール、アンコールとやりだしよった。わしは、
とりあえず、船場と前もって打ち合わせをしていた通りに、スクリーンの前にもう一度立つと忘年会でいつもしている手品を始めた。
社会の窓から出ていたシャツを船場が思いっきり引くと天上から吊っていたくす玉が弾けたんやけど、一緒に入れとったハトが飛び出すと
すぐフンを落し出し始めよった。わしと船場はたまたま近くにいたもんやからフンまみれになってしもうだが、それでも拍手が鳴り止まん
かったんで、わしはそのあとの上司の褒め言葉にぺこりとおじぎをして会場を後にしたんや。