プチ小説「たこちゃんの勝利」

ヴィクトリー ヴィクトリア ジーク というのは勝利のことだけれど、ぼくは10月19日に開催されたディケンズ・フェロウシップの
秋季総会での発表を無事終えることができたんだ。これは今までなんの実績もなかったぼくにとってはとても大きな勝利と言えるだろう。
昨年の秋季総会後、日本支部長のK大のS先生から依頼があり3ヶ月ほどして草稿ができあがった。「ディケンズとともに」という演題で
幼少の頃にディケンズという小説家と出会い、今までどのようにディケンズの小説の恩恵を受けて来たかを語ったものなんだけど、他にも
活字離れに対する対策なんかも仄めかしている。幼少の頃に子ども向けの文学全集を読むと心に文学に対する憧れを持たせることができる
ということ。学生時代には誘惑が多いので読書が遠退くが、年間100冊を読むなどの目標を設定すればそれだけの知識を獲得できること。
中高年になっても出勤前に時間を作れば、世界の名作をすべて読破することも可能なこと。ホームページで自作小説を書きはじめると交友の
輪が広がり、いろんなことをやってみたくなること。小説の出版は何歳になっても可能で、ニーズに応じてくれる出版社があることなどを
紹介している。発表前に何度も推敲した原稿を18回声を出して読んだ後に発表に臨んだので、それほど緊張感はなかった。司会をして
くださった、W大のU先生の司会もすばらしかった(私の本を楽しく紹介してくださった)し、質疑応答も日本支部長のS先生、T大の
M先生からいただいたご質問に落ち着いて冗談を交えながら答えることができた。この時の写真や原稿だけでなく、さらに発表時の映像を
F大のW先生が残してくださった。自分の発表を映像で見るのは少し恥ずかしく、それを誰もがいつでも見られるのと思うと顔がトマトの
ように真っ赤になるのだが、貴重な記録を残していただいたと思って喜んでいる。この大きな勝利を得られたのは、ディケンズ・フェロウ
シップに私の本を寄贈してから、ずっとお世話になっているN大のM先生のお陰だと思っている。本当にディケンズ・フェロウシップの
先生方にはこの場を借りてお礼を言いたいと思う。ありがとうございました。駅前で客待ちをしているスキンヘッドのタクシー運転手は、
発表のことを気にしてくれていたから、報告しておこう。「こんにちは」「オウ ブエノスディアス エントーダミヴィーダ エヴィスト
アセメハンテオンブレ」「そ、それってどういうことですか。常軌を逸した変人だということですか。詳しく説明してもらいましょう。
なぜそのようなことが...」「おやおや、そんなに鼻の穴を拡げて。ええか、あんたの女性とのつき合いがうまくいかん理由がわかったんや。
それはな、あんたが雄渾に告白せえへんからや」「ゆうこりんですか」「なんやそら。ほら、いつもそーなんや。こらあかんと思ったら、
冗談で誤摩化しよる。もしかしたら根気よう頑張ったら、すきやんのハートを射止められたかもしれへんのに、脱線して横道に逸れて
行きよる。今は発表も終わったから、今度は...。なんちゅーたかなあの本」「『こんにちは、ディケンズ先生』船場弘章著近代文藝社刊 
のことですか」「そうそうその本。その本をどのように売ろうということしか考えとらん。そんな男の相手をしてくれる女性がおったら、
お目にかかりたいわ。ほんまに」「鼻田さんの仰る通りですね。やはりぼくには女性は向いてないのかもしれませんね」「なんや、えらい
聞き分けがええんやな。それってどーしてなの」「実は、今年の8月頃から、五十肩か頸椎症かになって、右腕がしびれたり痛くなった
するんです。女性と仮に親しくなったとしても、そんなんじゃあ駄目だと思いますし...」「わしはそんな悲観的な考え方は大嫌いや。ひーっ」
「おっと、あぶない、モンゴリアンチョップをまともにいただくところでした。でも、なぜ」「あんたには、なにを言うても、のれんに腕押し、
馬の耳に念仏、豚に真珠、象の尻に頭突きから...。でも、これだけ言うとくわ。ひとは心や。心に惚れるんや。やさしい気持が大切なんやで。
わたしのことこんなに思ってくれてるんやわと思わせなんだらあかんのよ」「でもこんな調子では。相手のことを考えると...」
「それは考えすぎや。あんたには女性を思いやる気持が爪の先程もあれへんから、誰も相手してくれへんの。わかったら、心を入れかえて
日々の地道な鍛錬に励みましょ。ええな、これからやることはな、いざという時に役に立つんやから。ほな、うさぎ跳びとリアカーごっこを
始めるでー」そう言って、鼻田さんが自分のタクシーの廻りをうさぎ跳びでぐるぐる廻り始めたので、日没サスペンデッドになるまで
ぼくたちは精進したのだった。