プチ小説「青春の光46」
「橋本さん、最近、船場さんの話をされないですが、何かあったんですか」
「そ、そそれは、それはははは、はははははははは」
「笑ってごまかさないでください。いろいろやっている割には、本の売り上げに結びついていない
ということは、言われなくてもわかります」
「誤解があるようだから、船場君の近況でも話しておこうか」
「ぼくが気になるのは、最近あまり小説を掲載されないということなんです。「こんにちは、ディケンズ先生」は
253話が掲載されて、3ヶ月以上経つのに続編が掲載されません。これはきっと船場さんの創作の泉が涸れて
しまったからに違いありません」
「安心したまえ。船場君は相変わらず暢気で脳天気だよ。ただ最近仕事が忙しかったのと五十肩で小説を書く気に
ならなかっただけなんだ。まだまだ小説を書くから、楽しみにしていてくださいと言っていた。
76の大学図書館、137の公立図書館に受け入れしていただいていて
、しかもディケンズ・フェロウシップの
秋季総会で発表させていただいたのに、これっぽっちも話題を呼ばないのだから、普通の人間なら、諦めて
余生のことを考えるだろうところなんだが」
「そ、それは当たっているかもしれませんが、少しきついんではないですか」
「いやいや、わたしはそんな船場君の暢気で脳天気なところが信じられないんだ」
「でも橋本さんだって、夢を持たれているでしょう」
「そりゃ、持っているさ。でもそれは実現可能なもので、勝算があるからなんだ」
「ぼくは、何かのきっかけがあれば、火がつくと思うんですよ。全然面白くない本なら、多くの図書館が受け入れて
くださることもなかったでしょうし」
「確かに田中君の言っていることは正しいが、ここまで反応がないと、普通なら...。田中君は何か船場君について
明るい話題を持っているのかい」
「いいえ、ありません。でも、この前に橋本さんはいつ人気沸騰してもいいように、原稿の書きだめ、クラリネットの練習、
発表の練習をしていると言われていましたし、最近、なけなしのお金をはたいて、OS10.8のマックとDreamweaver
CS6を購入して、ホームページを更新するとも言われていたので、決して戦意喪失はしていないと思うのですが...」
「田中君、君が言うことは一貫性がないじゃないか。
悲観的になったり、船場君に望みがあると言ったりして」
「ぼくもほんとのほんとのところはよくわからないのです。もっと言うと『こんにちは、ディケンズ先生』が売れたから
と言って
、船場さんが幸せになるとは限らない気がするんです。最近、ぼくはツワイクが書いたバルザックの評伝を
読んだんですが、バルザックは30才の頃に本が売れだして、それからの十数年間はまさに自分の本を書くために
独楽鼠のように働いたと思うんです。それが家族のためや立身出世やお金持ちになるためなら救われますが、積もり積もった
借金を返すためだったんですから」
「そうなのか。でも、彼の「人間喜劇」は評価が高いじゃないか。人間、何かにせき立てられないと力を出せない。船場君は
どうも、そうなるのが嫌で、考えようによっては自分の本を売るという現実からの逃避をしているように見える」
「そうかもしれませんね。でも、妙に丸くなって愛想の良い人が書いた小説が面白いとは思えません。ぼくは文章というのは
その人の生活が反映したものと考えるので、船場さんにはこれからも大いに羽目を外して生きていただきたいと考えて
いるんですよ 」
「田中君の言う通りだ。船場君が暢気で脳天気な限り、私たちもそれで行こうじゃないか」
「そうそう、それで行きましょう」