プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生13」

小川は秋子と待ち合せて京都嵐山に行く提案をしたが、秋子に、桜の頃や紅葉
の頃ならまだしも厳冬期に川風が吹き付ける中を歩くのはどうかしらと言われ、
出身大学の近くの金閣寺に行くことにした。小川は秋子と約束した時間までまだ
2時間程あるので、出身大学構内を歩き回り、昔を懐かしむことにした。
「僕らの時から法学部も衣笠にやってきて、大学も新たなスタートという感じ
 だったな。新しい校舎、新しい生活そして新しい仲間。あの頃親しかった友人
 たちは今どうしているかしら」
小川は、気が付くと大学図書館の3階の文学書の棚のところに来ていた。
「そういえばディケンズ先生とのおつき合いももうすぐ6年になるなぁ。この
 「ピクウィック・クラブ」の本を入学してすぐに手に取ったことを喜んでくれて、
 夢の中に現れてやさしく語りかけてくれるようになったんだ。これからもよろしく
 頼みますよ」
小川はしばらくあの頃の自分を懐かしんで「ピクウィック・クラブ」のページを
めくっていたが、不意に睡魔に襲われ閲覧用のテーブルにつくと本を枕にして夢の
世界へと入って行った。

「小川君、こちらこそよろしく頼むよ。最近、「荒涼館」にのめり込めないと言われ
たんだが、それはそれとしてこうして思い出の場所に来てくれたことをうれしく思うよ。
確かに「荒涼館」のヒロイン(エスタ・サマソン)はエイミー(リトル・ドリット)の
ような天使でもないし、3人称で語られるところと1人称のところが代わる代わる出て
来る小説なので、戸惑いながら読まなければならないかもしれない。何よりヒロインの
視点から描いている世界が、閉塞的に感じるのかもしれない。でも鳥瞰図を見るように
全ての人の生活を概観できるとしたら、それはかえってリアリティに欠けるものとなって
しまうのではないだろうか。ではまた」