プチ小説「いちびりのおっさんのぷち話 ハイリスクな読書術編」

わしはこう見えても昔は「神童」と言われとった。なんでかちゅーとな、中学時代に年一回長距離走があったんやが、いつもわしが
べべたで、「あー、しんど。あー、しんど」と言うてたからなんや。体格のいいわしがなんでべべたやったかちゅーとな、
毎晩、日が変わるまで深夜放送を聴いてたもんやから、午前中にやった長距離走は力が入らんかったんや。わしは、小学校4年生の時に
コメディーNo.1のヒットでヒット バチョンといこうという番組を聴いてから、中学校に入ったら自分のラジオを買うて毎晩毎晩
深夜までラジオを聴いたろうと思うとった。高校受験前の3ヶ月だけは我慢したが、それ以外は、早くて午前0時30分遅い時は
午前3時まで深夜放送を聴いとったもんや。なかでもABCヤングリクエストはわしが大好きな番組やった。その中に「仁鶴 頭の
マッサージ」というコーナーがあって、おもろい話をしとった。深夜に大声で笑うわけにいかへんから、ふとんに噛み付いて笑いを
こらえたもんや。高校に入ってからはいろんな深夜放送を聴いたが、いろんな選択肢があって一本によう絞り込めんかった。
ヤンリクしか聴かんかった中学時代の方が純粋でよかったのかもしれん。そういうことやから、わしが青少年の頃はラジオばっかり
聴いとって、ろくに本を読まんかった。これはいかんと思ったのは20才を過ぎてからやった。それでも本を読み始めたおかげで、
少しは知識を貯えて、なんとか大学に入ることができた。最近、文豪ディケンズに興味を持ち始めたのは、船場がディケンズの入門書
のような小説を書きよったからやが、船場の小説はこっちに置いとくとして、ディケンズの小説はほんまにおもろい。わしはなんとか
ディケンズの14編の長編小説の翻訳を全部読みたいと思っとるんやが、仕事が忙しゅうて、なかなか読めん。なんかええ方法ないかと
船場に言うたら、船場は、ぼくにまかしてくださいちゅーとった。準備ができたら、わしの家にくるちゅーとったけど...。おっ、きよったな。
な、なんじゃー、それはちゅーたったら、船場は、これは本を読むための道具です。粗大ごみ置き場にプロテクターの肩の部分と竹箒と
団扇が落ちていたんでそれを組み合わせて作ったんです。これだとハードカバーは無理ですが、300ページくらいの文庫本なら対応
できると思います。ハードカバーを読む時には補強が必要ですから、100円ショップで購入したこのプラスチック製のちりとりを
オプションとして取り付けてください。にいさんは、なにをしても様になるから、きっとこれもすぐに板に付くと思いますと言いよった。
わしは、そんなんで本が読めるわけないやろちゅーたったら、すぐにわしの体にその道具を取り付け始めよった。船場は、 にいさん、
思った通り、肩幅がぴったりですわ。この肩のところに穴をあけているので竹箒の柄を内側から差し込んでっと、それから落ちないように
如雨露の先の部分を差し込んでおきます。団扇は柔軟性を持たせるために柄にあけた穴に針金を通してから、 自由に動かせるように
結わえ付けます。にいさん、文庫本を1冊用意してくださいと言いよったから、わしは壁際に積んであった文庫本を1冊渡したった。船場は、
にいさん、いいですか。この2枚の団扇が合わさったところにこのゴムひもで文庫本を固定して ください。ページは自分でめくらないと
いけませんが、それ以外の時はにいさんの両手は自由に使えます。ラーメンをゆでる時も、 トイレに入った時も、お風呂に入った時も
両手は自由ですので、他のことをしながら本が読めますよ。とにかく...。わしは、なんで そこで言葉切るのんちゅーたったら、船場は、
そ、外でも大丈夫か試してみたいんです。今日は風もないし、一緒に出かけませんかと言いよった。わしは、そんなことくらい、ひとりで
するわと言ったんやが、すぐにしもたと思うた。外に出るとそこで遊んでた小学生が、 おじさん、ぼくにもそれやらせてちゅーて、追い
かけて来よった。前にも同じようなことがあったから、今日は睨みつけて、こらこら、ぼうず、これはなあ、見世もんちゃうんや
ちゅーたったら、小学生は、じゃあ、なあにといいよった。わしは、これはおやじの道楽やから、大人にならんとでけへんのちゅーたんやが、
それでもしたいと追いかけてきよった。わしが前が見えんと困っとったら、 船場がそばに来て、にいさん、二人三脚で一緒に逃げましょう
言うて、船場が自分の右足とわしの左足を括ってくれたんで、二人三脚で逃げ出したんや。