プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生258」

小川は、相川が書いた小説を読んで何度も吹き出しそうになったが、隣の席におばさんが座ったので握りこぶしを
口に当てて堪えた。
<それにしても、相川さんの小説はどこまで面白くなるんだろう。最初は、おまけのようだったのが、今では
  次はいつ読めるのかと楽しみにしている。ぼくの小説も、相川さんにそう思わせるようになれると良いのだが。
 先に手紙の返事を書いて、そのあとで久しぶりにぼくも小説を書いて読んでもらうことにしよう>

相川隆司様
お手紙ありがとうございました。いろいろ心遣いをしていただき、本当に感謝の気持ちで一杯です。
深美は帰国後すぐに都内の私立高校に入学が決まり、今は学校生活にも馴染み、友達もたくさん
できたと申しておりました。これから1年間頑張って、秋子と私の出身大学である京都のR大を目指す
と言っていましたが、どの学部かは迷っているようです。私たちが学んだ法学部にするのか、文学部に
するのか。とにかく大学生活でいろいろな経験をして、深美の音楽活動によい影響を与えればと思っています。
桃香は、お手紙にもありましたように、名古屋で音楽漬けの日々を送ることになりました。大川さんと
アユミさんも名古屋で生活されるということで心強いのですが、私がなかなか名古屋に行けないので
そのあたりが少し心配なところです。でも、相川さんも2ヶ月に1度は桃香を訪ねてくださるとの
ことですし、ベンジャミンさんも今まで通りに秋子が中心になってやっているアンサンブルの指導も
してくださるということですから、おふたりからも桃香の様子についてお伺いしようと思います。
秋子はしばらくは娘二人のことで手一杯ですが、子供たちの学生生活が軌道に乗れば、自分の音楽活動を
本格的に始めると言っており、その際には私は原稿の作成や司会などで協力しようと思っています。
相川さんの小説を楽しく読ませていただきました。今後、どのようになるのか楽しみです。
相川さんの小説のようにはうまく行かないでしょうが、私も頑張ろうと思います。
少し書いてみましたので、お読みいただいてご感想をお聞かせください。
もうすぐ暖かい季節がやってきますが、私の周りでもいろんな花が咲くことが期待されるので、私は
その蕾を励まし暖かく見守って毎日を過ごそうと考えています。
今後ともいろいろお世話になることと思います。お身体に気をつけて。
                              小川弘士

『土曜日の午後に図書館で『クリスマス・キャロル』を借りようと家を出て、図書館に行く道を歩いていると
 向かい側に正直人さんがやってくるのが見えた。 ぼくは正直人さんが手に本を持っていたので、その本は
 何ですかと尋ねてみた。「もちろん、『クリスマス・キャロル』だよ。そうだ、ちょうどいい。あれから
 いろいろ考えてみたんだけど、やっぱり、語りと劇で構成しようと思うんだ。前にも言った通り、100ページ
 ほどの中編小説を4分の1くらいの長さにして、しかも語りの部分と劇にしないといけないから大変だ。
 とりあえず、最初の語りを考えてみたから、聴いてくれないか。その後の部分は、これからふたりで検討する
 ことにしよう」「わかりました」正直人さんは、それから語りの部分を聞かせてくれた。
 「この物語は今から200年以上前に生まれた小説家チャールズ・ディケンズというイギリスの小説家に
  よって書かれました。ディケンズは たくさんの楽しい小説を書いていますが、特に登場人物の描写に
  優れ、この『クリスマス・キャロル』の主人公スクルージはディケンズの小説の中で最も印象に残る登場人物と
   言えると思います。この小説は、スクルージが4人の亡霊との対話を重ねるうちに改心し、昔あった
  人間らしさを取り戻して行くといった内容なのですが 、そのうち亡霊の1人はかつて一緒に仕事をしていた
  マーレイの亡霊です。マーレイは スクルージに改心してもらうために、信じられないことですが、
  クリスマス・イヴにの夜に亡霊となって彼の前に現れるのです」
  正直人さんは原稿を読み終えるとぼくに尋ねました。「このあとどうするかなんだけど」
  「ぼくは、まだ全部読み切っていないけど、マーレイが登場するところは楽しいし、語りだけで済ます
  というのはもったいない気がします。でも...」
 「でも、なんだい」
 「多分、こんなに長い説明はない方がいいような...」
 「じゃあ、どんなのがいいのかな」
 「ぼくは、中学校の文化祭だから、出だしはこんなのがいいと思います。
  この物語は、欲深い金貸しの老人の話です。名前はスクルージと言います。クリスマス・イヴだというのに
  お金のことばかり考えています。幸せな家族が楽しそうにしているのに我慢ができずに嫌がらせをしたりします。
  そんなスクルージ を驚天動地の世界に案内して立ち直らせようと考えたのは、な、なんと、7年前に亡くなった
  マーレイでした 。マーレイは地獄の住人が罰として負わされる鎖を体に巻いて現れ、スクルージの度肝を抜きます」
 「はじめくん、君の言う通りだ。これから君のことを、プチ文豪と呼ぶことにしよう」
  ぼくは、少し照れくさかったのですが自慢したい気持もあり、思わず椅子からお尻を浮かせて、右手の人差し指の腹を
  頬に当てたのでした』