プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生14」

小川は秋子と待ち合せをした午後11時に出身大学の北門のところにやって来
たが、秋子はすでにそこに来ていて小川に気付くと笑顔で手を振った。
「約束の時間丁度に大学の中からやって来るなんて、小川さんらしいわね。
 何か昔と変わったところとかなかった」
「まだ卒業して2年だから…。でも女性が増えて落ち着いた感じになっている
 気はするね。僕たちが学生だった頃は、混沌とした時代と安定した時代の狭間
 でいろんなことを経験できた時代だったと思うなぁ。1、2回生の時を前期、
 3、4回生の時を後期とするなら、前期はいろんな機会にいろんな考えを耳に
 することができたけれど、後期は一つの考えが正しいと考えられてみんな同じ
 歩調で歩むようになった。それはある程度までみんなを幸せにすることはできる
 だろうけれど…。みんなが物事についてひとつの興味しか持たなくなったら
 どうなるんだろう。そんなことで悩んでいて、ある日丸善で本を探していたら、
 君に出くわしたというわけさ」
「そうね、私はそのとき卒論の文献を探しに来ていたの。小川さんは私を大講義
 室の授業で何度か見ていて、声を掛けてくれたんだったわね。夕映えの光に照ら
 される君はとてもすばらしかったと言われ付き合い始めて、卒業してこのまま
 別れたくないと言われ付き合いは続いて来たんだけれど、東京と京都ではなか
 なか会えないし…」
「誰かが言っていたけれど、すべての人の生活を概観できる人がいて、自分の
 生活についても予測ができて先手先手を打てたとしても、必ずしも幸せになる
 とは限らないと思うんだ。だから、これからも限られた、制約された生活の中で
 自分達なりの幸せを探して行こうよ」
「そうね。でも、夢は持つべきだと思うけど」

東京に帰る夜行バスに乗るとすぐに小川は、眠りについた。
「私にも苦しい時代があった。だが、それだからこそいくつかの小説が残せた
 のだと思う。おふたりがうまくいくように祈っているよ」
そう言って、ディケンズ先生はにっこりとほほえんだ。