プチ小説「青春の光49」
「は、橋本さん、ユライヤ・ヒープは今日は来ないんですか」
「そうなんだ、今日はピクウィック氏もお休みだから、われわれで船場君の『こんにちは、ディケンズ先生』の
宣伝活動をすることにしよう」
「といいますと、何かいいことを思いついたんですね」
「そうだよ。実は、船場君はつい最近、ある英文学の先生から勧められて、『ヒースクリフは殺人犯か?』
『ジェイン・エアは幸せになれるか?』『現代小説38の謎』というイギリスの大学教授
ジョン・サザーランド氏
が書いた辛口の英米文学紹介の本を読んでいるのだが、この謎という手法を
われわれも
使わせてもらったら面白いんじゃないかと思うんだ」
「わかりました。橋本さんは、『こんにちは、ディケンズ先生』もいくつか謎の部分があるので、
それを紹介すれば面白いと言われるんですね」
「船場君の小説を読んだある人から、脈絡がなくなったり、年齢が合わないといった謎の部分がないと
船場君は言われたそうだが、私はアユミと大川が登場する場面はかなり謎の部分が多いと思うんだ」
「例えばどこですか」
「168ページに『アユミの夫(大川)は床に置いてある小さなトランポリンを部屋の中央に置くと
大きなジャンプをして天井すれすれのところまで飛び上がり回転したりひねりを加えたりし出した』
とあるが、競技で使うトランポリンは5メートルくらいは飛び上がる。なのにこのトランポリンは
それを使っても3メートルもない天井に届かない。しかも大川は回転したりひねりを加えたり
している。普通なら、大川は飛び上がる度に天井でごんごんと何度も頭を打つはずなんだが、
平気でトランポリンで遊んでいる。これはとても人間業ではない」
「本をじっくり読んだからできる楽しいご指摘ですね。じつはぼくもあるんです。172ページに
みんなでテーブルを囲んですき焼きを食べている時に大川が『突然、椅子に上がるとスクワットを始めた』
とあります。まさかお尻を乗せる部分が異常に大きな椅子でない限り、背もたれのある椅子の上で
スクワットをするなんて無理だと思いますね」
「そうだその調子だ。まだまだあるぞ。最初の方で小川が炬燵の中で居眠りをすると赤外線ランプを覆った
金網がディケンズ先生の顔に変わり会話を交わすシーンがあるが、小川はずっとディケンズ先生の横顔を
見ながら会話して物足りないと思わなかったんだろうか。それとも窮屈だが、ディケンズ先生の顔と
炬燵の敷き布団の間に顔を滑り込ませて対面して会話したのだろうか」
「うーん、なかなか鋭い指摘ですね。でも金網のあるところと敷き布団の間に顔を入れるのは物理的に無理かと
思います。でもこういう無理な、よく考えればありえない謎の解決というのも面白いかもしれませんね」
「そうだろう。船場君の小説はもともとユーモア小説の範疇に入るのだから、気楽に読めばいいのさ。
気楽に読んで、ディケンズが身近になるのなら、結構なことじゃないか」