プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生260」

小川が作ったカレーを深美が食べていると、玄関のチャイムが鳴った。
「きっとお母さんだわ。待ちきれなくて先に夕食をいただいたこと、叱られそう」
「心配ないさ。いつも定刻に帰るんだったら待ってもいいけど。7時まで待ってくれたことだし、
 お母さんも遅くなるようだったら、先に食べてと言っていたから 」
「よかった。私、鍵をあけてくるわ」

玄関で男性の声が聞こえ、3人の笑い声がした。しばらくするとベンジャミンが台所に入る引き戸を開けた。
「オウ オマエ ゲンキやったか」
「やあ、ベンジャミンさん、お久しぶりです。家に立ち寄ったのは、何かワケがありそうですね」
「ソウやがな。実は、桃香ちゃんのことや。ウーン、カレーのいいにおい、ワタシにもイタダケマセンか」
「日本では、カレーライスなんですが、イギリスではどうですか」
「ワタシはどちらかというと、ライスよりナンの方がいいデスね。なかったら、食パンでもいいデスよ」
「じゃあ、これ、食パン。他には福神漬けと辣韮くらいしかないので、ご了承ください」
「おお、ワタシ、ラッキョ大好きです。ウーーーーーン、ウマい!」
「ところで、桃香のことですが...」
「オオ ソウデシタ。ソノことやが...。桃香ちゃんの才能はワタシのミコンだトオリでした。ですが、ここで
 ひとつコマッタコトがオキました。ライバルが現れたんです」
「え、ぼくは音楽のことはあまりわかりませんが、切磋琢磨するということは、芸術の世界でもよくあることで、
 カラヤンとベームはライバルだったようだし、チェリビダッケなんかは、カラヤンに対して闘争心をむき出しに
 していたようだし...。それはそれでいいことじゃないのかな」
「チャウよー、そら、ちゃいまっせ。ワタシ、ワタシのことやがな」
「ベンジャミンさんとアユミさんのことですね」
「なんや、シッテタラ、はよイワンかいな」
「少しは予想していましたが、やはり、ご本人の口からそのことが聞きたくて」
「ワタシは桃香ちゃんが少しでもカイテキにヴァイオリンの技巧を身につけてもらおうと、イギリスの先生を
 ヨビヨセました。ところが、そのレッスンに来なかったのです。リユウはアユミさんのところでレッスンが
 アッタからでした。桃香ちゃんはドウモ断れなかったヨウデス。その後もしばしば、ソウいうことがアリマス 」
「ベンジャミンさん、ぼくはあなたに名古屋での指導をお願いしたはずです。あなたがアユミさんに会って、
 私が教育すると言えばいいんじゃないですか。言いにくかったら、ご主人に入ってもらうとかできるでしょうし」
「オオ オオカワにも入ってもらいました。そしてカレもワタシの味方です。でもカチメはありません。
 ウチノメされてシマッタノです。それでオガワに入ってもらおうとオモイマシタ」
「私もお役に立てるといいんだけど。でもまずはおとうさんに頑張ってもらおうかな」
「そうね、私と深美が後ろで一所懸命に伴奏を入れるから、主役のクラリネットが張り切るというのがいいと思うわ」
「オウ それで決まりました。キット、ご家族も桃香ちゃんの名古屋での生活をシリタイでしょう。近いうちに
 名古屋にキテください。カンゲイしますノデ」
「よし、じゃあ、近いうちに3人でお伺いすることにします」