プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生261」

ベンジャミンは午後9時の新幹線で名古屋に帰ったが、見送りはイリマセンと言って、慌ただしく帰っていった。
「ベンジャミンさんは、一度、演奏会をしてみたらと言われていたけど、どう思う」
「私は、いますぐにでもやってみたいけど、子供たちが落ち着いてからゆっくり考えるわ。まず、桃香のことを
 解決して、来年に深美が大学に合格したら準備に入ろうかと思うの」
「準備って、どんなことだい」
「お父さん、音楽というのは、演奏家が自分で満足するだけでは駄目なの。お客さんや主催する人たちのよい反応を
 得られないと、続けられないものなのよ」
「お客さんを集めるだけでは駄目なのかい」
「ええ、いかに継続できるかは、ホールを運営する方たちといかにうまくやっていけるかじゃないかしら」
「深美は、ロンドンで自分の演奏会を何度もしたからそのことがわかるのね」
「じゃあ、お客さんは別に入らなくてもいいってことかい」
「そうじゃないわ。もちろんたくさん入ってほしいけど、いつもお客さんに喜んでもらえる曲を演奏できるかというと
 そういうわけにいかないの。新しい曲にも挑戦したいし。それにお母さんのアンサンブルの場合、1曲は全員で
 演奏する曲を入れるんだろうけど、弦楽四重奏プラスクラリネット、オーボエ、ファゴット、フルート、ホルン
 そしてピアノとなるとどんな曲があるのか...」
「心配しないでいいわよ。そのことなら、大川さんが協力するって、言ってるから」
「そうさ、大川さんはアユミさんには頭が上がらないが、編曲の腕は一流だからな」
「そこで今度名古屋に行くけど、大川さんに、アユミさんと一緒にベンジャミンさんの家に来るように言っておいてほしいの。
 アンサンブルの演奏曲で相談したいと言っていたと」
「で、そこでぼくとアユミさんと対決するわけだが...」
「まさか、お父さんと大川さんとベンジャミンさんがタッグを組んでも、勝ち目はないと思うわ。私にいい考えがあるの。
  腕力では勝ち目がないから、アユミさんを唸らせるようなことをして、お父さんのペースに引き込むのよ」
「ほお、それはどうするんだい。お父さんにできることかい」
「ええ、でもかなり練習はしないと無理かも」
「???」

小川は久しぶりに書斎で寝たが、眠りにつくとディケンズ先生が現れた。
「小川君は、せっかく『ニコラス・ニクルビー』を手に入れたと言うのに、なかなか読まないんだね」
「ええ、長い間手に入れることができなかったものですから、すぐに読んでしまうのが勿体なくて。それに...」
「それに何かな」
「それにこの本を読むと先生の長編小説はすべて読んでしまったことになります。いろんな訳が出ているので、またこれからも
 新訳が出るでしょうが、一通り読んでしまったら、次は何をすればよいのかと思うんです」
「ずっと前にも話したが、私の長編小説を全部読んでしまったから、さようなら、ということにはならない。新訳を読むのも
 いいし、短編小説や小説以外の私の作品を読んでもいい。また私についての評伝もいくつか出ているから、それを読むのも
 楽しいだろう。そんな私に関する作品を読んで、小川君が小説を書くというのも楽しみなことだし...。それと君のご家族の
 活躍も楽しませてもらっている。そういうことだから、君と別れることはまずない」
「そうですか、安心しました。そうだ安心ついでに、相談に乗ってほしいのです」
「きっと、アユミさんのことだろ」
「そうです。何か名案がありますか」
「秋子さんが言ったいい考えというのがベストだろう。ただ君には大きな負担となるだろうが、家族のためだ、頑張るんだ」
「何をするのですか」
「それは、小川君とベンジャミン、大川、相川が組んで、アユミさんを...。いかんいかん、これ以上言うと楽しみがなくなるから。
 その時の楽しみと言うことにしてくれ」
「......」