プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生264」
アユミが、来客があるのでお引き取りくださいと言ったので、アユミの夫以外の6人は外に出た。
6人がアパートの階段を下りたところでこれからどこに行くか話し合っていると、アユミの夫が
下りてきた。
「多分、これから重要な会議が執り行われると思いますので、私も出席することにしました。
どうです。わたしがいつもいくスポーツジムに行きませんか」
「オウ ワタシ、フトリ気味なのでチョウドヨカッタデス」
「大川さん、まさかみんなで一緒にスクワットをしましょうと言うんではないでしょうね」
「ははは、本当はそうしたいところですが、私も少しは良識を持っているつもりです。ここに
Baerenreiter社のケーゲルシュタット・トリオの楽譜を持ってきました。これを見ながら
作戦会議を開催しようと思うのですが、いかがですか」
「もちろん、喜んで」
秋子と深美と桃香は、先に桃香の寄宿舎に行っていると言って男性4人とは近くの駅で分かれた。
小川、大川、相川そしてベンジャミンの4人はその近くにある大川が会員になっている
スポーツジムに入った。談話室には誰もいなかったので、そのひとつの机を独占して作戦会議を
始めることにした。もう一度、4人が赤い表紙の楽譜を回覧し終えると大川が話し始めた。
「どうですか、小川さん。この楽譜には、クラリネットとヴィオラのパート譜がついているから、
それもご覧になってください。繰り返しがありますが、3つの楽章全部が4ページに収まります。
64分音符の4連符や長々と続く音階がいくつかありますが、全く歯が立たないということは
ないと思います。最初は譜面を見ながら、メロス・アンサンブルなどの演奏を聞かれて、
少しずつ曲に慣れて行かれればよいと思います。この曲ばかりを練習されていれば、基礎的な
ことは身につけておられるから、3ヶ月ほどで一通りは吹けるようになるでしょう。
それから後は、必ず暗譜で演奏できるように頑張ってください。楽譜を目で追って、それから
指を動かすのでは遅すぎます。半年したら、一度3人で集まって練習しましょう。私も
ヴァイオリンは少しは引けますが、ヴィオラは触ったこともないので、かなり練習しないと...」
「ソレナラ、ダイジョウブです。ワタシがれっすんシマショウ」
「ありがとうございます。ところで、相川さんはどうですか」
「実は私はおふたりとこの楽しい曲を演奏できるんで、うれしくてしょうがないんです。ご存知の
ように、ケーゲルシュタットというのは、19世紀の頃に流行った、九柱戯というボーリングの
前身の遊戯で 、第1楽章なんかは、モーツァルトがボーリングの玉のようなボールを持って、
狙いをつけているようなイメージを持つのです」
「ほう」
「以前から、私は3人でこの曲ができたらいいなと思っていたので、喜んで協力させていただきますよ。
3度のごはんより優先させるつもりです」
「わあ、ありがたいな。じゃあ、ぼくはひたすら練習して、みなさんのご期待に添えるよう頑張ります」
「それに秋子さんというクラリネットに精通した方が同居されていることだし」
「そうですね。確かにそうですね」