プチ小説「青春の光55 」
「は、橋本さん、どうされたのですか」
「やあ、酷い筋肉痛になってしまってね」
「空手の達人の橋本さんが筋肉痛になるなんて、何かあったんですか」
「田中君、君は大丈夫なのかい。船場君のために、ゆるキャラの格好で一緒に炭坑節を踊ったじゃないか」
「ええ、でもぼくは橋本さんのような無茶はしなかったですよ。ぼくはあの78回転という高速の炭坑節に合わせて
踊ることは不可能と思って適当にやってました。そういえば橋本さんはみんなが驚いていましたが、正確に78回転の
炭坑節を踊られていましたね。少し怪しい格好をしていましたし、遠慮して近くの児童公園でささやかに始めましたが、
夕方までに何度も踊ったので、たくさんの人が見られましたね」
「そうなんだ。33回転だと3分30秒ほどなんだが、78回転だと2分ほどで終わってしまう。それで4時間ほどの
間に120回も踊ったんだ。私の踊りを見て真似する大人や子供がいたが、すぐにこむらがえりを起こしていた。
私がこむらがえりを起こさずにいつまでも踊っているんで、みんな驚いていたよ
」
「そうでしたね。筋肉を極限まで酷使するのですから、子供は真似しない方がいいですよね」
「ところで、このゆるキャラを船場君の『こんにちは、ディケンズ先生』のPRにどう生かすかなんだ。この前、田中君は
ゆるキャラは漠然としたイメージを大衆に持ってもらうと言っていたが、炎をイメージした被り物、らくだのシャツと
パッチ、高速で踊る炭坑節を船場君の小説に結びつけるのは難しいんじゃないかな」
「そこはちゃんと考えています。大勢集まったところで、われわれが得意とする関西弁の漫才を始めるんです。ここに
台本がありますから、今からやってみましょう。もちろん3つの笑いのネタも組み込んでありますから」
「らくだブラザース、シャツでーす」
「パッチでーす」
「三橋美智也でございます」
「こらこら、なんでそんなところで、三橋美智也さんが出て来るんや」
「そら、今から掛ける炭坑節を三橋美智也さんが歌ってはるんやから、ええんとちゃう」
「そうやな、それやったらええんとちゃう」
「ほな、かけるでー、どや」
「えらい早いなあ、でもな日頃から鍛えているから高速の炭坑節もお茶の子さいさいやわ。それっ」
「ほんまに踊りよる。ビデオの早回しを見てるようやな。ようやるー」
「はあはあ、あんた人の踊り見て喜んどる場合やないやろ、ようさん見に来てくれはったんやから、しっかり船場君のPRをせんと」
「そうやった。ここにお集りの皆さん、われわれがゆるキャラをやったり、高速の盆踊りをしているのにはワケがあるんどす」
「そうどす。それを今からお見せします。こちら、『こんにちは、ディケンズ先生』という小説です。この本は全国173の
公立図書館と93の大学図書館にその小説を受け入れていただいているというのに、全然、売れていないという
極めて珍しい本なんどす。みなさん、これはほんとお値打ち品どす。買うておくれやす」
「先んずれば、人を制すと言うんどすえ。あんたはんが人より早く、この本を携帯すれば、同級生や同僚の耳目を集めることが
できるんどす。これはよろしおすえ。親睦のため、明るい職場のため、この『こんにちは、ディケンズ先生』をご利用くださいね。
よろしゅうに」