プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生15」
小川は多忙な日々を送っていたが、週に一度秋子に手紙を送ることは欠かさなかった。
秋子もそれに応えていたが、時には電話で済ますこともあった。
「小川さん、最近会わないけど、元気にしているの。前に会ってから2ヶ月になる
けれど…」
「そうだね。僕も君に会いたいよ。でも、それができない」
「……」
「でも、もう2、3週間すれば、君を呼ぶことができるかもしれない」
「ほんと」
「今度は東京の公園めぐりをしよう。どこも入場料は400円以下だし、長時間いて
も嫌な顔をされることもないし…」
「呼ぶってそういうことじゃないと思うけど…。それもいいけれど、小川さんがよく
行く、名曲喫茶や古本屋に行きたいわ」
「よし、まかせて。それじゃあ、お茶の水でおりて神田の古書街に行った後、阿佐ヶ谷
の名曲喫茶ヴィオロンに行くことにしよう」
小川は最近、ディケンズ先生の小説を読む機会がなかった。職場には特に頼りにする人も
なく、同世代の友人もいない小川にとってディケンズ先生が夢の中に現れ激励してくれる
ことは有難かったが、ディケンズ先生の小説を読む→面白いことを考えるあるいは小説の
内容をじっくり味わう→ディケンズ先生が現れコメントするというプロセスを踏むことが
必要だった。多忙を理由に通い慣れた喫茶店に行かなくなったことで、ディケンズ先生の
小説から遠のいた小川は孤独感を募らせていた。
それでも今日はディケンズ先生が現れた。
「小川君、「荒涼館」が余り面白くないからと言って、読むことを止めてしまってはいけ
ないよ。私の本は他にもいくつかあるし、同じ本を2度、3度読むのも決して無駄なこと
だと思わない。常に新しい発見をするだろうから」
「先生、でも…」
「でも…、何だね」
「そのー...、先生が他の本を読むことを勧められるのなら…」
「そうだね、そのあたりのことを古本屋の店主に相談してみたらどうかな。きっと親切に
してくれると思うよ」