プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生272」
小川は相川の手紙を何度も読み返しては、今度相川と再会するのはいつになるのか考えていた。
<多分、連絡すれば、名古屋から上京していただけるだろうが、やはり今度お会いするまでに上達して、
3人で一緒にする時には、上達しましたねと言われるくらいになりたいな。大川さんも音楽的な素養が
あるとは言え、慣れないヴィオラが引けるように練習されているだろうし。
それでは返事と小説の続きを書くことにしよう>
相川隆司様
お手紙楽しく読ませていただきました。相川さんのお手紙を読むと未来への明るい展望が開ける気がして、
落ち込んだ気持も鼓舞されます。というのも、クラリネットを始めた当初から、真剣に取り組まなかった
アーティキュレーションをきちんとこなす必要が出て来たので、どうしようかと思っていたからです。
またリズム感もないのでこちらも身につけなければなりません。正直言って、今まではクラリネットを
好きな時に好きなように吹いて来たのを1年間という限られた期間で技術を身につけ、他の人とアンサンブルが
出来るまでレベルアップしようというのですから気合いを入れて行かないと駄目だと思っています。
ただ幸いにも、家族が応援してくれると言っていますので、早く基礎的な技術を身につけたいと思っています。
そうして再会した時には、よく頑張りましたねと褒めていただけるようしたいと思っています。
明日から、練習に入ります。私が技術を身につけ、相川さん、大川さんと合奏できるように頑張りますので、
今後ともよろしくお願いします。
小川 弘士
『ぼくがお尻をもとに戻すや否や、正直人さんは言いました。
「よし、じゃあ、このあとスクルージとマーレイの亡霊の対話に入るんだが、まずぼくから台本の案を
言ってもいいかな。よし、それじゃあ、素案を言うから意見があったら、言ってほしい。スクルージ、
マーレイの順に対話を続けるから。『き、君は誰だ』『わしを忘れたというのか。昔、一緒に仕事を
していたというのに。薄情者め』」
「ちょ、ちょっと待ってください」、ぼくは言いました。「ふたりの対話を続けるというのは、正直人さんの
案ですが、ぼくはここもモノローグにした方が面白いと思うんです。スクルージに独白をさせて、3人の
幽霊が登場するところと最後の章は舞台を利用するんです。そうしないと多分15分程で終えることは
できないと思います。 マーレイとの対話のエッセンスをスクルージに語らせて、できるだけここの部分を
切り詰めるのがいいと思うんです。こんな風に。
わしが家に帰っていつものように白湯のような薄い粥を啜っていると、マーレイのやつ突然現れよった。
わしはその風貌にびっくり仰天して言葉を失った。そして身体に巻き付けた鎖をじゃらじゃら
いわしながら
、威嚇するような声を出しよった。「わしが今晩ここに来たのは、おまえがわしのような
運命におちいることを免れる機会と望みがまだあることを教えるためなのだ、わしがわざわざこしらえてやる
機会と望みなんだよ」なんて言いよったんじゃ。おまけに、これから3人の幽霊が現れる。その3人の
幽霊がマーレイの踏んだ道を避けるための機会と望みを与えてくれると言いよったんじゃが...。
ふと気づくと、マーレイは姿を消しとった。
と言った感じでやるといいと思います」
「なるほど、これはまたプチ文豪くんに、一本取られたな」
ぼくは教えてくださいと言っている人の面目をグランドならしのための大きなローラーで押しつぶしている
気がして申し訳なかったのですが、さらに続けました。
「3人の幽霊が出て来ますが、過去の幽霊と現在の幽霊は舞台の中央にベッドを置いて、スクルージと対話
させるとよいと思います。未来の幽霊が現れるシーン以降は舞台を利用しますが、最後の最後は、舞台を
目一杯利用して、クラスの人全員で、1970年に上映されたミュージカル映画『
クリスマス・キャロル』の
最後のシーンをまねて、「サンキュー・ベリマッチ」という曲で、みんなで振り付けを考えて踊ろうかと...」
「なるほどなるほど、はじめくんの独創的な発想には脱帽だ。こんな凡人でよかったら、協力させて
もらおうと思うが...」
「ご協力お願いします。ぼくのはただの思いつきを並べただけです。これを完成させたものにするには
ぜひとも、先達の知恵、先輩の力が必要です」
ぼくが、このように言うと、一旦ローラーに引かれて紙のようになった正直人さんがもとのかたちに戻って、
立ち上がり、腰に手を当てて胸を張っているような気がしました』