プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生273」
小川は相川への手紙を書き終えると時計を見た。ちょうど午前0時を指していた。
<もう日が変わったんだ。今日もケーゲルシュタット・トリオのための練習をするんだから、もう寝ないと>
小川はそう言うとすぐに横になった。疲れていたからか、小川は寝返りをしないうちに入眠していた。
夢の世界に小川がやって来ると、ディケンズ先生が遠くから歩いて来るのが見えた。ディケンズ先生は、
途中、一度転んだが、ぱんぱんと埃を払いのけると再び小川の方に歩いて来た。ディケンズ先生は、終始
笑顔を絶やさず小川を見つめていた。
「やあ、小川君、久しぶりだね。最近、出現の仕方が単調なので、少し工夫してみたんだ」
「転ばれたんで、大丈夫かなと思ったんですが、あれも予定していた行動だったんですね」
「いや、あれは本当に転んだんだ」
「......。ところで、先生の著作を大分読んだので、そろそろ小説に反映させようと思って...」
「ははは、さっき読ませてもらったが、なかなか面白い発想だと思うよ。でも、私の作品のトランスフォームは
中学生の学芸会の台本だけじゃなくてもいいと思うんだ」
「よくわかりませんが」
「幸い、君には音楽をよく知っている友人がたくさんいるじゃないか」
「うーん、さっぱりわからないなあ」
「どうしても、私に言わせたいんだな。君は」
「本当にわからないんですよ」
「よし、じゃあ、言おう。私は、誰かが、『大いなる遺産』をオペラにしてくれないかなーーーっと思うんだ」
「えーーーーーっ。それは誰がされるんですか」
「もちろん君だよ。台本くらいなら、君でも書けるだろ」
「でも、ぼくは今日から、ケーゲルシュタット・トリオの練習を始めなければなりません。これには家族の
命運がかかっているんです」
「なにも今すぐにとは言っていない。私はずっと君の人生の友となるつもりではいるが、最近の君の音楽への
傾倒ぶりを見ると、このままでは私は蚊帳の外に置かれるんではないかと思うようになったんだ。そこで
思いついたのが、私の作品のオペラ化ということなんだが」
「でも、ぼくはケーゲルシュタット・トリオをアユミさんの前で演奏しなくちゃならないんです」
「それは安心したまえ。簡単にクリアーできる。秋子さんと深美ちゃんの言いつけを守っていればね」
「そうですか。先生は、もうその後のことを考えておられるんですね」
「そうだよ。歌劇『大いなる遺産』の主役のピップは未定だが、ジョーの奥さん役はアユミさんがいいと
思っているんだ」
「......」