プチ小説「いちびりのおっさんのぷち話 ハープ編」
わしが子供の頃、母親が書店でパート勤務しとって、本をよう買うて来たんやが、わしはその頃はそっちの方にあんまり
興味はのうて、たまに買うて来るレコードに興味を持っとった。確か平凡社やったと思うが、廉価でクラシック音楽や
映画音楽を紹介するレコードをようけ出しとった。当初は家にはポータブルプレーヤーしかなかったんやが、しばらくして
ステレオを買うたもんやから、学校から帰ってよう聴いていたのを覚えとる。映画音楽は西部劇の音楽を集めたレコードを
よう聴いとったが、クラシック音楽は、ヘンデルのハープ協奏曲の入ったレコードだけを聴いとった。ハープの音楽が
聴けるのがそのレコードだけやって、その広がりのある華やかなハープの音に魅せられたのがわしを虜にした理由やと思う。
高校を卒業してからクラシック音楽にのめり込んだけど、やっぱりモーツァルトのフルートとハープのための協奏曲を
初めて聴いた時の感動は今でも忘れられん。とにかくこれ程までに美しい音楽を作曲したモーツァルトの音楽を毛嫌い
していたわしを、180度転換させて大ファンにさせたんやから。とにかくこの曲の魅力はハーピストが趣向を凝らす、
各楽章のカデンツァ(即興演奏)にあると思うんやが、やっぱりランパルと共演したラスキーヌのカデンツァが一番や。
わしは他には、ボワエルデューのハープ協奏曲やラヴェルの序奏とアレグロ、それからドビュッシーの神聖な舞曲と
世俗的な舞曲くらいしか知らんけど、クラシック通の船場やったら、もう少しハープのことを知っとるかもしれん、
ここは久しぶりに、船場にうんちくんを披露してもらうとするか。おーい、船場、おるかー。久しぶりに、出番やぞー。
はいはい、にいさん、なんでしょ。あのなぁ、わし、ハープという楽器のファンなんやが、なかなか協奏曲みたいな
ハープが主役の作品ちゅーのがないんで、お前がいつものようにうんちくんを転がしてくれてええ知恵授けてくれへんか
と思うて呼んだんや。そうですか。でも、にいさん、ご承知のようにハープという楽器は機能的に進化しない楽器で
ペダルで半音(全音)上げたり下げたりすることは可能のようですが、ひとつひとつ弦をはじかなければならないので、
開放弦が豊かで幻想的な音を奏でるというのが主な役割といった感じがするのです。御託はええから、知っとる曲を
言うてみぃ。そうですね、C・P・E・バッハのハープ・ソナタやサン=サーンスの幻想曲、フォーレの即興曲、それから
自身がハープ奏者だったクルムフォルツのハープ協奏曲が知られていますが、あまり聴きません。ぼくはむしろ
ハープが奏でられることで緞帳が開かれるように新しい場面が展開して行くというところのあるクラシックの名曲が
好きなので、それをご紹介しましょう。まずは、マーラーの交響曲第3番の最初の楽章です。大オーケストラの中で
ハープが鳴り響くところはオーケストレーションのすばらしさが堪能できるところで、ハープの面目躍如といった感じで
ハープファンには聞き逃せません。またブルッフのスコットランド幻想曲の最初の楽章ではハープの心にしみる音色が
聞かれます。でもなんと言っても私の一番のお勧めは...。わかったでー。なんですか。リムスキー=コルサコフの
シェエラザードの第2楽章の終わり近くで出て来るあのハープの調べやろ。いーえ、違います。ほんまか、ほない言うん
やったら、言うてみてみ。それはイギリスの作曲家ディーリアスのアパラチアです。この曲は、2本のハープが要所要所で
活躍します。14の変奏曲が展開するのですが、ハープが奏でられる度に新しい場面が開けて行くようで、それが聴いていて
とても心地よいのです。そんなに言うんやったら、わし、いっぺん聴いてみるけど、このまま終わったんではおもろないから、
なんか言うてわしを笑わせてくれ。そら、簡単ですわ。ほら、窓の外を見るとハトが30羽、電線に止まって、間断なく
フンを落としているじゃないですか。ほんまやな。こんな愉快なことはないわ。ははっ、はははははははははははははははは。