プチ小説「アキさん、ごめんね5」

ちょうど2ヶ月すると定期刊行物のように、アキさんからメールが来ました。

先日、私は珍しいレコードを購入しました。新ウィーン学派の作曲家アルバン・ベルクの「ヴォツェック」を
アバドが指揮したCDを中古レコード店で購入したのです。新ウィーン学派は、シェーンベルクの「浄められた夜」くらい
しか聴いていませんが、無調音楽や十二音技法に興味があるので、これから聴いて行こうかと思います。

私は急いでメールを送りました。

長年、クラシック音楽を聴いていますが、現代音楽を聴くことはありませんでした。なぜなら、そこには親しみやすい
旋律というものがほとんど見られないからです。今、あえて「ヴォツェック」を聴く必要があるのでしょうか。
バッハ、ヴィヴァルディ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ショパン、シューマン、メンデルスゾーン、
ブラームス、ドヴォルザーク、チャイコフスキー、ブルックナー、マーラー、シベリウス、ヴェルディ、ワーグナーなど
バロック音楽、古典派、ロマン派、国民楽派の作曲家の作品に素晴らしいものがあります。その数は一生かけても
聴けないくらいの数です。


アキさんからすぐに返事が来ました。

私は、自分の好きな音楽を聴きたいのです。「ヴォツェック」のあらすじを読むと興味がそそられるのです。
他にもショスタコーヴィッチの交響曲や室内楽曲、プロコフィエフやバルトークの管弦楽曲にとても興味があります。

私は、年柄もなく熱くなっている自分を自制できなくなりました。

私は、基本的に音楽というのは音を楽しむものだと思うのです。延々と続く不協和音や暗い旋律に耳を傾けるのは
一般的な音楽の楽しみ方ではないと思うのです。楽しみというのはいろいろあるでしょう。フルトヴェングラーの
ベートーヴェンように力のこもった感動的な演奏、フランソワやリパッティのショパンのように心にしみるピアノの
音色、オイストラフやハイフェッツのヴァイオリンのように心を動かさずにはおれない音色、ワルター、ベーム、
カラヤン、アバド、メータなどの名指揮者、ケンプ、バックハウス、グルダ、ポリーニ、ブレンデル、ホロヴィッツ、
アシュケナージなどの名ピアニスト、エルマン、ミルシテイン、クライスラーなどの名ヴァイオリニストの歴史的名演、
聴かなければ後で後悔する名演は数多の星の数程残されています。アナログレコードの自然な音を聴くことは難しく
なりましたが、その分、YouTubeでたくさんの名演を手軽に聴くことができるようになりました。きっとYouTubeで
聴ける演奏の中にもたくさんの名演、アキさんが気に入られる演奏が見つかるはずです。どうかマイノリティ、人が
やらないことをするというのを自慢するのではなく、誰もが、あれは名演だと評価するようなレコードやCDを聴いて
ほしいのです。クラシック音楽そのものを聴くことを楽しんでほしいのです。本にも古典があるようにクラシック音楽
にもそういったものがたくさんあります。まずはそれで鑑賞する力をつけてみられてはいかがでしょうか。

2週間して、アキさんからメールが届きました。

ハルオさん。あなたの仰りたいことはよくわかります。でも私が今聴きたいのは、モーツァルトのピアノ協奏曲ではなく、
「ヴォツェック」なのです。あなたは独り善がりで、自分勝手だと思います。あなたと私双方の楽しい情報交換では
なくなったのじゃないかと危惧しています。